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「遺〜っ書」の台本アップ [舞台]

6年半前に、目白の「ゆうど」という古民家で上演した一人芝居「遺〜っ書」の台本をアップしてみます。

スーパーエキセントリックシアターの小形里美という女の子が演じました。

夏の暑い盛りの舞台でした。

では






【 遺~っ書 】


   部屋に入って来る片手。
スイッチを入れると部屋に明かりが入る。女入ってくる。
名前を高成田(たかなりた)桜子(さくらこ)と言う。
白の麻の洋服を着ている。スカートではなく、スラックスである。オーバーオールでもよい。全身、白い。
髪の毛にリボンを結んでいるが、それまで白である。
左手にお茶碗を持っている。お茶が入っているようだ。
入ってきて、部屋の真ん中にしゃがむように座る。
湯飲みをテーブルに置く。
傍らにあるつめ切りをとる。
傍らにある、小さな缶をテーブルに置く。
靴下を履いている。白い靴下である。
木綿の荒い靴下。その靴下の爪先をひっぱって脱ぐという、特殊な脱ぎ方をする。
つめ切りを臨戦態勢にセットして、立て膝をして、爪を切り始める。
ゆっくり丁寧に切り始める。パチンパチンと音がする。
   爪を切りながら、ぽつぽつと喋り始める。

桜子 行き過ぎる夏の日。日差しの健やかさは、ゆっくりしぼんでいく。しかしそれは、決して寂しいものではなく、どこか潔さがある。あふれるような夏の日差しがあふれきった、出し切った潔さが感じられて、それはそれで悪くない。たっぷりと味わった満足感もあったりもする。しかもそれは、決して来る秋を待ちわびるうれしさとも違い、どこか懐かしさを感じる潔さである。

   桜子、切ったつめ切りの爪を捨てる。が、湯飲みに捨てている。が、捨てて続きを切ろうとして気がついた。
   自分が今したことを確認するために、つめ切りを湯飲みの上に持って行く。

桜子 …間違えた。

   ちょっと考えて、

桜子 いっそ湯飲みを爪入れに抜擢して、この空き缶を湯飲みに格上げすべきだろうか。

   ちょっ考えて、

桜子 片や抜擢で、片や格上げ。格差関係がわからん。

   桜子、湯飲みの中に指をつっ込んで、爪をすくい出す。

桜子 ぬるいお茶好きなのは、こういう時に役立つな。

いくつかすくい出しながら、

桜子 役に立っているのか、これは。

   爪を見つめて、

桜子 お茶に入った爪は3秒ルールが適応されるのかな。

   取り出した爪を空き缶に入れる。

桜子 だいたい、3秒ルールは拾い上げた側に適応されるのであって、すくい上げられた側には何秒ルールを適応すればいいの?

   続きを切ろうとして、やめる。

桜子 続きは明日にとっとこっと。

   つめ切りをしまい、靴下を穿き直しながら、

桜子 明日やることがあるというのは貴重だからね。明日やることが無いのは相当つまらない。明日やることをいつも持っている人生にしたいもの。

   立ち上がって、棚に向かう。そこにいくつかカセットテープが入った籠がある。その中をガチャガチャと探しながら、

桜子 どこに行ったかな。たしかマジックでタイトル書いたはずなんだけど。

   探しながら。

桜子 今、私は全ての音声を、自分で口を動かして発声しているが、あくまでも便宜上の事であって、時には独り言、時には心の声と聞き分けてもらえるとありがたい。そもそも、本当に全部声に出して喋っているとすると、私は相当頭のおかしい女だからだ。ただ、その聞き分けは聞こえている人に任せよう。私は誰に言っているのだ? あった。

   カセットを一つ探し出し、床に置いてあるラジカセに入れてスイッチを入れる。ナット・キング・コールが聞こえ始める。
   ちょっと聞き入って、

桜子 ナット・キング・コールを聞きながら夏を越えていく二十五の女は、相当シブい。

   またちょっと聞いて、

桜子 シブいのはシブいが、イカしているかどうかというと、確かに微妙ではある。そもそも、二十五の女がシブくていいのかどうか、よくわからないし。

   桜子、廊下に出て、窓の外を覗きながら、

桜子 夏って、なんでこんなに黄色いんだろう。

   傍らにある蚊とり線香の箱から蚊とり線香を一巻取り出して、ライターで火をつける。

桜子 蚊がいなくても、蚊とり線香をつける。夏の醍醐味。夏の臭いはこれだなやっぱ。

   戻ってきて、ノートパソコンを開き、構える。

桜子 えっと… なんだっけ…

   ちょっと考えるが、次のセリフを書き留めていく。かたかたとキーボードの音がする。

桜子 行き過ぎる夏の日。日差しの健やかさは、ゆっくりしぼんでいく。しかしそれは、決して寂しいものではなく、どこか潔さがある。あふれるような夏の日差しがあふれきった、出し切った潔さが感じられて、それはそれで悪くない。たっぷりと味わった満足感も、ムーーーーン、ムーーーーン(携帯のバイブ)

   急にポケットから携帯電話を出して、着信名を確認する。
   そして、電話に出る。

桜子 もしもし。…ううん、別になんにもしてないけど。…今日は一日家にいるつもり。…出ないよ、うん。…お腹減ってないし。…誰といるって? …この間の男? ああ、また別の。美香ってホントに変わるよね、相手。…またあたしが? …どういう男なの? 仕事は? …ああ、そっちか。…そりゃ自信はあるけどさ。…まあ会ってみればもっとわかると思うけど。 …男見る目があるから、今でも一人なんじゃん。あたし。 …でしょ? …無礼だな。…もう相談に乗ってあげないぞ。…分かった分かった。…そうか。何時ごろ? そんな電話がかかってきそうな、夏の午後。

   と、急に電話を切る。ウソ電話であった。

桜子 人には見せられないな。これじゃあカンペキに逝っちゃってる。でも、もうすぐ美香から電話が掛かってきそうなのは確かだしな。

   続きをノートパソコンにしたためていく。

桜子 …たっぷりと味わった満足感もあったりもする。しかもそれは、決して来る秋を待ちわびるうれしさとも違い、どこか懐かしさを感じる潔さである。夏の色は黄色。夏の臭いは緑色の煙。そしてセミの声ははかなく、秋の気配の予告編。

   ちょっと考えて、

桜子 予告編は変か。

   キーボードで字を消して、

桜子 秋の気配を感じさせる音だ。やっぱりイマイチ。

   ぼんやりしている。おもわず、湯飲みのお茶を飲む。
   飲んでから気がつく。

桜子 うっ、ぺっ、ぺっ。

   湯飲みを台所に持って行く。代わりのお茶を持ってくる。
   それをしみじみと飲みながら、まったりしている。

桜子 ムーーーーーン! ムーーーーーーン! (携帯のバイブ音)

   携帯を取り出して見る。で、出る。

桜子 やっぱり掛かってきたね。美香。…ううん、なんでもないんだけど。…男でしょう? やっぱね。…やっぱり今日って言うかおまえ。…今日はダメ。今日はダメなんだよねー。うん、やること無いわけじゃないし、今日はダメ。実は昨日も寝てないんだよ。それにさ、だいたいあんた、ほぼ一か月に一回、男を品定めさせるの、やめな。…だって、だいたい同じような男ばっかりじゃない。いつも。…あたし、あんたの男に「初めまして」って言っちゃうクセついちゃってるもの。「いえ、会うの2回目です」って言われたこと、3回あるもの。…それなのに「会うの3回目です」って言われたこと無いのは、どーゆーことよ。…だから、今日は外出ないの。…写メ送る? …掛けたまま送れるの? …こっちは一台しかないもの。…掛けたまま受けられる? ホント? どうやんの?

   携帯をちょこっといじくる。耳に当てたり、見たりしながら、

桜子 あ、今来た。で?

   耳に当てたり見たり。

桜子 ん? タスクメニュー? どれ? …あああった。…ああ、受信メールって出てきた。…これで見られるの? …ああ、…これか。

   しばらく、携帯画面を凝視している。

桜子 …あんた何枚送ってきてんのよ。…2枚目の写真はイイネ。…いや、よく写ってるってだけ。…性格なあ… 性格はまあ遅いんじゃない? いや、遅いの。性格が… …そう遅い。だってピースだもん、今どき。え? 3枚目?

   携帯をいじる。

桜子 何これ? …これなんつーんだっけ? …ああ、グワシか。グワシって。目的は何? …こいつ年いくつ? …それにしても、グワシなんて発音するの、何年ぶりだろう。…ん? …そうねえ、グワシまで来ると、性格が遅いというよりも、いびつって感じかなあ。客観性がないのかもしれない。…いつもいつもクサすっていうけどさあ、いつも当たってるでしょう? だからいつもあんた品定めさせるんでしょう? …え? 7枚目に自信あり?

   携帯をいじって、スクロールさせながら、

桜子 …もう、おそーい。…ああ、出た出た。…えー? これえ? …ああもう! 写真見ながら喋れないからウザイ! …これはねえ…(写真みて)…そうねえ…(写真みて)…ワルかないけど… (写真みて)…いざとなったら逃げそう… 

   写真みて、耳にあてて、写真みて、耳にあてて、

桜子 …泣くなよぉ! 美香ぁ! 正直に言ってあげるのが友情なんだから… …まあ、ズバズバ当たるのもあるんだけど… …そんなこと知らないわよ… そんな、いつ男を見る目ができたかって言われても… …ともかく、今日はダメ… 今日は色々とやることがあるの… また今度、会わせてみ? …まあ、その時まで続いてればだけど… …ああ、その時は次のになってるのね、分かった!

   携帯を切る。しばし、携帯の写メをみて、

桜子 男を見る目ねえ…

   立ち上がって、窓を覗きに行く。外をみながら、

桜子 色々と、やることが、ある、の。

   部屋の中央に戻ってきて、

桜子 昨日決めた、今日やることをやる。

   タンスの引き出しの中から、封筒をひとつ取り出す。
   速達の判子が押してある。
   部屋の電灯を消し、電気スタンドのランプをつける。
   その明かりの中で、封筒から便箋を出し、読み始める。

桜子 昨日はどこまで読んだっけ…

   数枚の便箋をめくりながら、

桜子 …確かに、あの人はもうママのパートナーではなかったかもしれないけれど、確かにあなたの父親でした。今でもあなたの父親はあの人しかいません。あなたがあの人に最後に会ったのは、いつでしたか? 今まで一度も聞いたことはありませんでしたね。あの日以来、あなたとあの人がどこかで会っていたのかどうなのか。それを確かめるのが怖かったのです。でも、会っていてくれればいいなあと思っていたことも確かです。ママとあの人が別れた理由について、ここで詳しくは書きません。でも、桜子とあの人が会わない理由にはなりません。ともかく、日にちがありません。これが届く頃には仮通夜は終わっていると思います。3日が本通夜。4日が告別式になります。場所は同封します。私は出席しませんが、あなたが列席するかどうかは、あなたに任せます。ママは出てほしいと思っています。…そんなこと言われてもねえ…。それでは。これからも元気で。時々連絡をしなさい。追伸~あなたの年で今どき、携帯電話を持ってないなんて珍しいんじゃないかしら。家の電話もないんですから、是非、携帯電話を持ちなさい。ママより。

   便箋をたたみ、封筒にしまう。

桜子 ふー。

   ぼんやりしている。天井を眺めている。

桜子 以上、今日やることひとつ終わり…。

   封筒を弄ぶ。ふと思い切って、再び便箋を取り出す。
   ランプの下に持ってきて、最初の一枚目から読み始める。

桜子 …前略。急いで知らせなければならないことができたので、速達を出します。あなたのお父さんが亡くなりました。2日の遅くに、病院で亡くなったそうです。ママは知りませんでしたが、長く入院していたそうです。森本のオジさんから連絡を受けました。あなたの連絡先がわからないので、ママの方から連絡するように言われました。あなたに急いで連絡する方法がないのは、こういう時に困ります。確かに、あの人はもうママのパートナーではなかったけれども…

   読むのをやめて、便箋をしまいながら、

桜子 昨日やったことを、今日もやってしまった。なんてな。

   ランプを消して、部屋の電気をつける。
   椅子に座って、物思いにふける。そしてつぶやき始める。

桜子 …うすうすこうなるんじゃないかなあとは思ってたよ…。だから、ママとパパが別れることは、びっくりしてない。…けど、あたしがもうママと一緒に住むって決まってることにびっくりしてる…。

   立ち上がって、

桜子 …知ってるよ。…仲良くする自信あるもの。…こう見えて、あたし意外と人懐っこいんだよ。初めての人と…。…だって年もあたしと十しか違わないんでしょ? お姐ちゃんみたいなもんじゃん。…どうしてママにわかるの? …ママが全部決めること? あたしの人生はあたしに決めさせてよね!

   椅子にドンと座って、

桜子 なんていえばよかったんだろうなあ… あん時…。

   間。

桜子 あなたは絶対に中学は私立に行くべきなの。そういう子なの。ママが願書出してたから、受けなさい。

   間

桜子 あなたはピンクの洋服は似合わない子なのよ。ブルーの方を着ていきなさい。

   間。

桜子 ナスが嫌いだなんて、おかしな子だねえ。ママは、ナス大好きなのに。ほら、騙されたと思って、食べてご覧。おいしいから。

   間。

桜子 あなたはどうしてあんな男の子がいいの? パパに全然似てないじゃない。ママは反対。

   間。

桜子 ママはどうしてパパと結婚したの? それはね、パパは普段とってもやさしいのに、もの凄く強引にアタックされたから。

   間。

桜子 あなたは桜が満開の時期に生まれたのよ。あたしが決めたの。桜子にしようって。

   間。

桜子 別れた理由だけ、内緒にするんだもんなあ。

   しゃがみ込んで、傍らに置いてあるウクレレを手にする。弾くでもなく、弾かないでもなく、ポロリポロリと音を出していく。
   ラジカセを止める。
   しばらくして、それが曲に変わっていく。(唄入りでもいい)
   弾きながら、立ち上がる。立ち上がって、弾きながら窓際へ。窓に向かって弾いていく。だんだんと上空を見つめていく。
   曲が終わって、ウクレレを置く。
   もどってラジカセを再び鳴らす。
   しばらく考えていたが、タンスの別の引き出しを探す。
   何枚かの封筒の下に、封筒を見つける。取り出す。
   ランプスタンドをつけて、部屋の電灯を消す。
   しばらく考えていたが、封筒から便箋を取り出して、ランプの明かりで読み始める。

桜子 …桜子へ。こんな手紙が突然届いて、びっくりさせたかもしれない。いつ、ママと離れてひとり暮らしを始めたんだ? 住所がわからなかったので、お前の職場に送ることにした。仕事仲間に変に思われなかったかどうか、ちょっと心配している。実は今、パパは入院をしている。もう、3カ月になる。佳子は、すぐによくなると言ってくれるが、パパはそうは思っていない。佳子は本当の事を言ってくれてないんだと思う。しかし、それは彼女の思いやりなんだろうから、本当の事を聞こうとは思っていない。彼女も苦しんでいるんだと思う。彼女には本当に苦労を掛けているし。感謝もしている。最近は自分の体力が日に日に落ちて行っているのを感じている。食欲もあまりない。…ここでボールペンが変わってるのよねえ、あきらかに違うペンで続き書くんだから、もう… すまん。心配させるような事を書いてしまった。今日明日、危ないという状態ではないから、安心してくれ。…書かなきゃいいと思ったんなら、書き直せっつーの… 

   便箋をテーブルに置いて、立ち上がる桜子。しかし、手紙の文面はよどみなく語り始める。もう、暗記しているのか。
   桜子、ポロリポロリと部屋をうろつきながら、手紙の文面を語り続ける。

桜子 ずいぶん悩んだが、今日この手紙を書くことにしたのは、ひと言桜子に謝っておきたいと思ったからだ。ママと別れて7年になるか。その間、お前の方から何度か連絡があった時、パパが会おうとしなかったことを、謝っておこうと思った。パパも何度も悩んだ。決して、会いたくなかったわけではない。パパも何度も桜子に会おうと思った。でも、できなかった。佳子(よしこ)にも相談した。佳子は是非会うべきだと言った。だから決して佳子のせいで会わなかったわけではない。それだけは確認しておきたい。…言い方が固いのよ。何よ「確認しておきたい」って… パパが桜子に会おうとしなかったのは、怖かったからだ。勇気が無かった。会わせる顔がないといった方が正しいのかもしれない。

   桜子、歩きながらタンスの別の引き出しをゴソゴソやる。
   そして、一本のネクタイを取り出して、それをしごいたりぶら下げたりしながら、ネクタイを眺める。しかし手紙の文面は暗誦している。

桜子 電車の駅で二つ分。お前の勤めている場所も判っている。しかし、パパにはそれがとても遠かった。お前もパパの家にやってこなかったのは、佳子に気を遣ってのことだろう? 余計な思いをさせてしまったのだろうな。…別に気なんか使ってないって、仲良くする自信あったんだから… 

   桜子、ネクタイをテーブルに起き、椅子に座って再び便箋を手にする。一枚めくって、

桜子 今、思い返してみて、桜子はどう思っているのか、よくわからないが、パパは桜子と会おうとしなかったことを、後悔はしていない。…してねーのかよ… 後悔などしてしまうと、会いたいのに会えない思いをしていた桜子に失礼だと思う。だから後悔はしないが、…してねーんなら3回も後悔って書くなよな… 桜子は会いたいと思っていたのかな。ただ…申し訳なくは思っている。それだけは謝っておきたい。…同じじゃん… 全てはパパの責任だ。すまなかった。今、パパの枕元にはお前の写真がある。時々それを眺めている。といっても、お前が中学を卒業したときに、パパとママと3人で撮った例の写真だから、3人写っているが。結局、お前と一緒に写った、最後の写真になったからこれを持っている。お前はいつも、「ママに入れられた中学」と言っていたが、なかなかどうしてこの制服は似合っていると思う。

   便箋をみながら、固まる桜子。便箋を持って、立ち上がる。
   そして部屋の電灯をつけたり消したりする。
   ついたり消えたりする電灯を眺める桜子。そして消えるのに合せて、

桜子 消えちゃう… 消えちゃう… 消えちゃう… 

   急に便箋を起き、携帯電話を手にする。そして、誰かに掛け始める。携帯を耳にあて、

桜子 あ、もしもし美香? で、何時にする? …今日来てって言ったじゃん! …うん、用無くなった… …無くなったの、うん… …こっちも美香にちょっと話あったし… …ううん、会ってから話す… …うん、いいよ… どこにする? …えー、行くのかよぉ! そっちから来いよなあ… …男連れてくるの忘れんなよ… …うん… で、何食べる? …焼き肉ぅ? えー… …お好み焼きねえ… …天ぷらぁ? …どうしてあんたはそう臭いのつくものばかり言うの? …奢り? …カンペキに奢り? じゃあ焼き肉でいいよ… どうでもいいの着ていくから… じゃあ、7時ね… うん、オッケー。

   電話を切る桜子。立ち上がって、別の部屋に行く。
   戻ってくると、いくつかの洋服を手にしている。
   一着一着、品定めするように、右と左に仕分けしていく。
   仕分け終わって、左の洋服はまとめて軽くたたむ。

桜子 どうでもいいとは言いながらも…

   右の洋服を改めて、床に広げて並べていく。

桜子 カルビ、カルビ、カルビ、タン塩、カルビ、ハラミ、カルビ、時々サンチュ、ラストは冷麺と。

   上下合せて置くようにしては眺め、気に入らないのか、上下の組み合わせを変えて行ったりして、ようやく組み合わせを決定する。

桜子 よし決定。見事にどうでもよし!

   ちょっとその洋服嗅いでみて、

桜子 すでにちょっと匂ってるし…

   ちょっと考えて、

桜子 そうか! 先週もこれ着て焼き肉行った!

   洋服をしみじみ眺めて、

桜子 今日からキミを、焼き肉の制服に任命しよう!

   桜子、その洋服だけを残して、残りの洋服を抱え、隣の部屋に戻って置いてくる。そして、帰って来て、ハンガーで着ていく洋服をぶら下げながら、

桜子 ねえ、美香。うちの親父とお袋、別れちゃうんだって。

   洋服の糸くずなどを払いながら、

桜子 もう、結構前から、危ないんじゃないかなあとは思ってたんだけどさ。

   座りながら、

桜子 いや、ママと一緒に住む。…ん? だって親父、もう女いるんだって。ああみえて、結構やりて?

   ラジカセのテープをちょっと早送りして、また流し始める。

桜子 ん? あってないよ? …もう4年。…そう4年間。…一回も。…だって、会いたくなったら向こうから連絡してくるでしょう? …わかんない。

   立ち上がって、柱を背に、誰かを待っている雰囲気。
   ふとみて、誰かを見つける。柱に隠れる。目でその誰かを追う。目線は窓際に消えていく。ゆるゆると追いかけて、再び窓際へ。
   しばらく外を眺めてから、

桜子 夏の日差しはあんなに強かったのに、それが今はウソのよう。日が昇って、日が沈んで、日が昇って、日が沈んで、昇って沈んで昇って沈んで、フト気がつくと驚くほど日差しは弱くなっている。夏の日差しの宿命だ。やかましいほどのヒグラシの声は、日に日に弱くなっていくその日差しを応援している。でも、その応援の声は届かない。

   ノートパソコンの前に座り直し、

桜子 夏の日差しはあんなに強かったのに、それが今はウソのよう。日が昇って、日が沈んで、日が昇って、日が沈んで、昇って沈んで昇って沈んで、フト気がつくと驚くほど日差しは弱くなっている。夏の日差しの宿命だ。やかましいほどのヒグラシの声は、日に日に弱くなっていくその日差しを応援している。でも、その応援の声は届かない。

   まったりする桜子。
   ふと便箋に手を伸ばす。そして再び読み始める。

桜子 …なかなかどうしてこの制服は似合っていると思う。どんなものでも上手に着こなすというか、そういうところが、お前にはある。桜子は洋服選びのセンスだけはいい。…だけはいいって何だよ… パパは洋服のセンスには自信がない。男に生まれてラッキーだと思うくらいだった。お前の洋服のセンスは、間違いなくママゆずりだ。お前が洋服関係の仕事についたと聞いたとき、やっぱりなと思ったもんだ。パパといえば、毎朝ママに全ての洋服を準備してもらって。いつもネクタイを結び間違えて、よくママとお前に叱られたな。一度、桜子が選んでくれたネクタイをしてみたかった。ママと別れてしまったことも、いまさらながらだが、申し訳ないと思っている。…唐突なんだよ… 謝るのが…

   桜子、立ち上がる。そしてさっきのネクタイを手にとる。
   さきほど、洋服を掛けたハンガーをとる。そして洋服を外して床に落とし、ハンガーだけを掛け直す。
   そのハンガーにネクタイを引っかけ、ハンガー相手にネクタイを絞める。
   出来上がって、それを眺める。

桜子 こんな簡単なことがどうしてできないの?

   しばらく眺めていたが、ふとスタンドランプを動かして、そのハンガーとネクタイをライトアップさせてみる。
   それをしみじみと眺める桜子。

桜子 やっぱりいいじゃない。

   再び座って便箋に戻る桜子。

桜子 …パパとママは別れてしまったけれど、それはパパとママの問題だ。桜子は一生ママの子であり、パパの子であると思っている。それは、紛れもない事実で、変えられない事実だ。それなのに、パパが桜子に会おうとしなかったこと、もう一度書くが、許してくれ。決して、片時も、いつだって、パパはお前のことを…

   桜子、便箋をめくって、

桜子 桜子さんへ。佳子です。お父さんは、今眠っています。手紙を書いている途中で、ちょっと容体が悪くなってしまいました。すぐに危なくなることはないと思いますが、いつ目を覚ますのかはわかりません。失礼とは思いながら、この手紙を読ませてもらいました。手紙を書いていることは知っていましたが、あなた宛だとは知りませんでした。いつ、目を覚ますのかちょっとわからないので、私が代わりに出すことにします。あなたが何度かお父さんと会おうとしたことは、知っていました。お父さんが、あなたに会おうとしなかったことも知っています。私も、あの人に何度も桜子さんと会うように言いました。でも、どうしても会おうとしない。お父さんが書いている通り、きっと勇気がなかったのでしょう。でも、お父さんが片時もあなたのことを忘れたことがないというのは本当です。決して口に出すわけではないけれど、私は確かに感じていました。差し出がましいですが、私からお願いします。お父さんに会いに来てください。もう、そんなには時間が無いと思います。あなたが来たとき、あの人が目を覚ましているかどうかわからないけれど、会いに来てください。私も、あなたに会いたいと思っています。できれば、息子の佳一(よしかず)にも会ってやってください。来年、小学生になります。佳一も、お姉ちゃんに会いたいと言っています。お願いです。会いに来てください。会いに来てください。8月2日。高成田佳子。

   読み終わって、便箋を畳んで封筒にしまい、母親から来た封筒も手にする。二つの封筒を手にして、

桜子 同じ日に来て、どうすんだよ。

   間。

桜子 こっちはお手上げじゃん。

   涙を拭く桜子。
   ラジカセを切る。
   立ち上がって、窓際へ。
   もどってウクレレを持って、一曲弾く。(あるいは唄う)
   しばし外を眺めていたが、もどってハンガーの前へ。
   ネクタイを眺める桜子。
   ゆるりとネクタイをなでる。
   ある決心をして、母親の封筒から便箋を取り出す。
   葬儀の場所が書いたメモを取り出す。時間をチェックして携帯を開き、時間をチェックする。
   突如、携帯を置いて、脱兎のごとく隣の部屋へ行く桜子。
   ちょっとして戻ってくる、喪服を持っている。
   乱暴にその喪服を床に放り出し、携帯を拾い上げ、急いで電話をする。

桜子 美香? ゴメン。今日行けなくなった。じゃあね。

   ノートパソコンを閉じ、携帯を片手に飛び出していく。出るときに、部屋の電灯を切る。

   間。

   ちょっとして、喪服を抱えたままもどってくる桜子。
喪服を起き、ラジカセのカセットを抜き取り、ハンガーのネクタイをほどきとる。
喪服を拾い上げ、携帯を拾い上げ、消えていく。
   あとに残ったのは、消し忘れの電気スタンドのみ。
   照らされているハンガーは搖れている。
   なぜか、ラジカセが再びナット・キング・コールを流し始める。
   ゆっくりとその電気スタンドの明かりが落ちていく。

   ~エンド




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