SSブログ
前の10件 | -

ごぶさたです

ごぶさたです
再開しようかな

nice!(0)  コメント(0) 

「遺〜っ書」の台本アップ [舞台]

6年半前に、目白の「ゆうど」という古民家で上演した一人芝居「遺〜っ書」の台本をアップしてみます。

スーパーエキセントリックシアターの小形里美という女の子が演じました。

夏の暑い盛りの舞台でした。

では






【 遺~っ書 】


   部屋に入って来る片手。
スイッチを入れると部屋に明かりが入る。女入ってくる。
名前を高成田(たかなりた)桜子(さくらこ)と言う。
白の麻の洋服を着ている。スカートではなく、スラックスである。オーバーオールでもよい。全身、白い。
髪の毛にリボンを結んでいるが、それまで白である。
左手にお茶碗を持っている。お茶が入っているようだ。
入ってきて、部屋の真ん中にしゃがむように座る。
湯飲みをテーブルに置く。
傍らにあるつめ切りをとる。
傍らにある、小さな缶をテーブルに置く。
靴下を履いている。白い靴下である。
木綿の荒い靴下。その靴下の爪先をひっぱって脱ぐという、特殊な脱ぎ方をする。
つめ切りを臨戦態勢にセットして、立て膝をして、爪を切り始める。
ゆっくり丁寧に切り始める。パチンパチンと音がする。
   爪を切りながら、ぽつぽつと喋り始める。

桜子 行き過ぎる夏の日。日差しの健やかさは、ゆっくりしぼんでいく。しかしそれは、決して寂しいものではなく、どこか潔さがある。あふれるような夏の日差しがあふれきった、出し切った潔さが感じられて、それはそれで悪くない。たっぷりと味わった満足感もあったりもする。しかもそれは、決して来る秋を待ちわびるうれしさとも違い、どこか懐かしさを感じる潔さである。

   桜子、切ったつめ切りの爪を捨てる。が、湯飲みに捨てている。が、捨てて続きを切ろうとして気がついた。
   自分が今したことを確認するために、つめ切りを湯飲みの上に持って行く。

桜子 …間違えた。

   ちょっと考えて、

桜子 いっそ湯飲みを爪入れに抜擢して、この空き缶を湯飲みに格上げすべきだろうか。

   ちょっ考えて、

桜子 片や抜擢で、片や格上げ。格差関係がわからん。

   桜子、湯飲みの中に指をつっ込んで、爪をすくい出す。

桜子 ぬるいお茶好きなのは、こういう時に役立つな。

いくつかすくい出しながら、

桜子 役に立っているのか、これは。

   爪を見つめて、

桜子 お茶に入った爪は3秒ルールが適応されるのかな。

   取り出した爪を空き缶に入れる。

桜子 だいたい、3秒ルールは拾い上げた側に適応されるのであって、すくい上げられた側には何秒ルールを適応すればいいの?

   続きを切ろうとして、やめる。

桜子 続きは明日にとっとこっと。

   つめ切りをしまい、靴下を穿き直しながら、

桜子 明日やることがあるというのは貴重だからね。明日やることが無いのは相当つまらない。明日やることをいつも持っている人生にしたいもの。

   立ち上がって、棚に向かう。そこにいくつかカセットテープが入った籠がある。その中をガチャガチャと探しながら、

桜子 どこに行ったかな。たしかマジックでタイトル書いたはずなんだけど。

   探しながら。

桜子 今、私は全ての音声を、自分で口を動かして発声しているが、あくまでも便宜上の事であって、時には独り言、時には心の声と聞き分けてもらえるとありがたい。そもそも、本当に全部声に出して喋っているとすると、私は相当頭のおかしい女だからだ。ただ、その聞き分けは聞こえている人に任せよう。私は誰に言っているのだ? あった。

   カセットを一つ探し出し、床に置いてあるラジカセに入れてスイッチを入れる。ナット・キング・コールが聞こえ始める。
   ちょっと聞き入って、

桜子 ナット・キング・コールを聞きながら夏を越えていく二十五の女は、相当シブい。

   またちょっと聞いて、

桜子 シブいのはシブいが、イカしているかどうかというと、確かに微妙ではある。そもそも、二十五の女がシブくていいのかどうか、よくわからないし。

   桜子、廊下に出て、窓の外を覗きながら、

桜子 夏って、なんでこんなに黄色いんだろう。

   傍らにある蚊とり線香の箱から蚊とり線香を一巻取り出して、ライターで火をつける。

桜子 蚊がいなくても、蚊とり線香をつける。夏の醍醐味。夏の臭いはこれだなやっぱ。

   戻ってきて、ノートパソコンを開き、構える。

桜子 えっと… なんだっけ…

   ちょっと考えるが、次のセリフを書き留めていく。かたかたとキーボードの音がする。

桜子 行き過ぎる夏の日。日差しの健やかさは、ゆっくりしぼんでいく。しかしそれは、決して寂しいものではなく、どこか潔さがある。あふれるような夏の日差しがあふれきった、出し切った潔さが感じられて、それはそれで悪くない。たっぷりと味わった満足感も、ムーーーーン、ムーーーーン(携帯のバイブ)

   急にポケットから携帯電話を出して、着信名を確認する。
   そして、電話に出る。

桜子 もしもし。…ううん、別になんにもしてないけど。…今日は一日家にいるつもり。…出ないよ、うん。…お腹減ってないし。…誰といるって? …この間の男? ああ、また別の。美香ってホントに変わるよね、相手。…またあたしが? …どういう男なの? 仕事は? …ああ、そっちか。…そりゃ自信はあるけどさ。…まあ会ってみればもっとわかると思うけど。 …男見る目があるから、今でも一人なんじゃん。あたし。 …でしょ? …無礼だな。…もう相談に乗ってあげないぞ。…分かった分かった。…そうか。何時ごろ? そんな電話がかかってきそうな、夏の午後。

   と、急に電話を切る。ウソ電話であった。

桜子 人には見せられないな。これじゃあカンペキに逝っちゃってる。でも、もうすぐ美香から電話が掛かってきそうなのは確かだしな。

   続きをノートパソコンにしたためていく。

桜子 …たっぷりと味わった満足感もあったりもする。しかもそれは、決して来る秋を待ちわびるうれしさとも違い、どこか懐かしさを感じる潔さである。夏の色は黄色。夏の臭いは緑色の煙。そしてセミの声ははかなく、秋の気配の予告編。

   ちょっと考えて、

桜子 予告編は変か。

   キーボードで字を消して、

桜子 秋の気配を感じさせる音だ。やっぱりイマイチ。

   ぼんやりしている。おもわず、湯飲みのお茶を飲む。
   飲んでから気がつく。

桜子 うっ、ぺっ、ぺっ。

   湯飲みを台所に持って行く。代わりのお茶を持ってくる。
   それをしみじみと飲みながら、まったりしている。

桜子 ムーーーーーン! ムーーーーーーン! (携帯のバイブ音)

   携帯を取り出して見る。で、出る。

桜子 やっぱり掛かってきたね。美香。…ううん、なんでもないんだけど。…男でしょう? やっぱね。…やっぱり今日って言うかおまえ。…今日はダメ。今日はダメなんだよねー。うん、やること無いわけじゃないし、今日はダメ。実は昨日も寝てないんだよ。それにさ、だいたいあんた、ほぼ一か月に一回、男を品定めさせるの、やめな。…だって、だいたい同じような男ばっかりじゃない。いつも。…あたし、あんたの男に「初めまして」って言っちゃうクセついちゃってるもの。「いえ、会うの2回目です」って言われたこと、3回あるもの。…それなのに「会うの3回目です」って言われたこと無いのは、どーゆーことよ。…だから、今日は外出ないの。…写メ送る? …掛けたまま送れるの? …こっちは一台しかないもの。…掛けたまま受けられる? ホント? どうやんの?

   携帯をちょこっといじくる。耳に当てたり、見たりしながら、

桜子 あ、今来た。で?

   耳に当てたり見たり。

桜子 ん? タスクメニュー? どれ? …あああった。…ああ、受信メールって出てきた。…これで見られるの? …ああ、…これか。

   しばらく、携帯画面を凝視している。

桜子 …あんた何枚送ってきてんのよ。…2枚目の写真はイイネ。…いや、よく写ってるってだけ。…性格なあ… 性格はまあ遅いんじゃない? いや、遅いの。性格が… …そう遅い。だってピースだもん、今どき。え? 3枚目?

   携帯をいじる。

桜子 何これ? …これなんつーんだっけ? …ああ、グワシか。グワシって。目的は何? …こいつ年いくつ? …それにしても、グワシなんて発音するの、何年ぶりだろう。…ん? …そうねえ、グワシまで来ると、性格が遅いというよりも、いびつって感じかなあ。客観性がないのかもしれない。…いつもいつもクサすっていうけどさあ、いつも当たってるでしょう? だからいつもあんた品定めさせるんでしょう? …え? 7枚目に自信あり?

   携帯をいじって、スクロールさせながら、

桜子 …もう、おそーい。…ああ、出た出た。…えー? これえ? …ああもう! 写真見ながら喋れないからウザイ! …これはねえ…(写真みて)…そうねえ…(写真みて)…ワルかないけど… (写真みて)…いざとなったら逃げそう… 

   写真みて、耳にあてて、写真みて、耳にあてて、

桜子 …泣くなよぉ! 美香ぁ! 正直に言ってあげるのが友情なんだから… …まあ、ズバズバ当たるのもあるんだけど… …そんなこと知らないわよ… そんな、いつ男を見る目ができたかって言われても… …ともかく、今日はダメ… 今日は色々とやることがあるの… また今度、会わせてみ? …まあ、その時まで続いてればだけど… …ああ、その時は次のになってるのね、分かった!

   携帯を切る。しばし、携帯の写メをみて、

桜子 男を見る目ねえ…

   立ち上がって、窓を覗きに行く。外をみながら、

桜子 色々と、やることが、ある、の。

   部屋の中央に戻ってきて、

桜子 昨日決めた、今日やることをやる。

   タンスの引き出しの中から、封筒をひとつ取り出す。
   速達の判子が押してある。
   部屋の電灯を消し、電気スタンドのランプをつける。
   その明かりの中で、封筒から便箋を出し、読み始める。

桜子 昨日はどこまで読んだっけ…

   数枚の便箋をめくりながら、

桜子 …確かに、あの人はもうママのパートナーではなかったかもしれないけれど、確かにあなたの父親でした。今でもあなたの父親はあの人しかいません。あなたがあの人に最後に会ったのは、いつでしたか? 今まで一度も聞いたことはありませんでしたね。あの日以来、あなたとあの人がどこかで会っていたのかどうなのか。それを確かめるのが怖かったのです。でも、会っていてくれればいいなあと思っていたことも確かです。ママとあの人が別れた理由について、ここで詳しくは書きません。でも、桜子とあの人が会わない理由にはなりません。ともかく、日にちがありません。これが届く頃には仮通夜は終わっていると思います。3日が本通夜。4日が告別式になります。場所は同封します。私は出席しませんが、あなたが列席するかどうかは、あなたに任せます。ママは出てほしいと思っています。…そんなこと言われてもねえ…。それでは。これからも元気で。時々連絡をしなさい。追伸~あなたの年で今どき、携帯電話を持ってないなんて珍しいんじゃないかしら。家の電話もないんですから、是非、携帯電話を持ちなさい。ママより。

   便箋をたたみ、封筒にしまう。

桜子 ふー。

   ぼんやりしている。天井を眺めている。

桜子 以上、今日やることひとつ終わり…。

   封筒を弄ぶ。ふと思い切って、再び便箋を取り出す。
   ランプの下に持ってきて、最初の一枚目から読み始める。

桜子 …前略。急いで知らせなければならないことができたので、速達を出します。あなたのお父さんが亡くなりました。2日の遅くに、病院で亡くなったそうです。ママは知りませんでしたが、長く入院していたそうです。森本のオジさんから連絡を受けました。あなたの連絡先がわからないので、ママの方から連絡するように言われました。あなたに急いで連絡する方法がないのは、こういう時に困ります。確かに、あの人はもうママのパートナーではなかったけれども…

   読むのをやめて、便箋をしまいながら、

桜子 昨日やったことを、今日もやってしまった。なんてな。

   ランプを消して、部屋の電気をつける。
   椅子に座って、物思いにふける。そしてつぶやき始める。

桜子 …うすうすこうなるんじゃないかなあとは思ってたよ…。だから、ママとパパが別れることは、びっくりしてない。…けど、あたしがもうママと一緒に住むって決まってることにびっくりしてる…。

   立ち上がって、

桜子 …知ってるよ。…仲良くする自信あるもの。…こう見えて、あたし意外と人懐っこいんだよ。初めての人と…。…だって年もあたしと十しか違わないんでしょ? お姐ちゃんみたいなもんじゃん。…どうしてママにわかるの? …ママが全部決めること? あたしの人生はあたしに決めさせてよね!

   椅子にドンと座って、

桜子 なんていえばよかったんだろうなあ… あん時…。

   間。

桜子 あなたは絶対に中学は私立に行くべきなの。そういう子なの。ママが願書出してたから、受けなさい。

   間

桜子 あなたはピンクの洋服は似合わない子なのよ。ブルーの方を着ていきなさい。

   間。

桜子 ナスが嫌いだなんて、おかしな子だねえ。ママは、ナス大好きなのに。ほら、騙されたと思って、食べてご覧。おいしいから。

   間。

桜子 あなたはどうしてあんな男の子がいいの? パパに全然似てないじゃない。ママは反対。

   間。

桜子 ママはどうしてパパと結婚したの? それはね、パパは普段とってもやさしいのに、もの凄く強引にアタックされたから。

   間。

桜子 あなたは桜が満開の時期に生まれたのよ。あたしが決めたの。桜子にしようって。

   間。

桜子 別れた理由だけ、内緒にするんだもんなあ。

   しゃがみ込んで、傍らに置いてあるウクレレを手にする。弾くでもなく、弾かないでもなく、ポロリポロリと音を出していく。
   ラジカセを止める。
   しばらくして、それが曲に変わっていく。(唄入りでもいい)
   弾きながら、立ち上がる。立ち上がって、弾きながら窓際へ。窓に向かって弾いていく。だんだんと上空を見つめていく。
   曲が終わって、ウクレレを置く。
   もどってラジカセを再び鳴らす。
   しばらく考えていたが、タンスの別の引き出しを探す。
   何枚かの封筒の下に、封筒を見つける。取り出す。
   ランプスタンドをつけて、部屋の電灯を消す。
   しばらく考えていたが、封筒から便箋を取り出して、ランプの明かりで読み始める。

桜子 …桜子へ。こんな手紙が突然届いて、びっくりさせたかもしれない。いつ、ママと離れてひとり暮らしを始めたんだ? 住所がわからなかったので、お前の職場に送ることにした。仕事仲間に変に思われなかったかどうか、ちょっと心配している。実は今、パパは入院をしている。もう、3カ月になる。佳子は、すぐによくなると言ってくれるが、パパはそうは思っていない。佳子は本当の事を言ってくれてないんだと思う。しかし、それは彼女の思いやりなんだろうから、本当の事を聞こうとは思っていない。彼女も苦しんでいるんだと思う。彼女には本当に苦労を掛けているし。感謝もしている。最近は自分の体力が日に日に落ちて行っているのを感じている。食欲もあまりない。…ここでボールペンが変わってるのよねえ、あきらかに違うペンで続き書くんだから、もう… すまん。心配させるような事を書いてしまった。今日明日、危ないという状態ではないから、安心してくれ。…書かなきゃいいと思ったんなら、書き直せっつーの… 

   便箋をテーブルに置いて、立ち上がる桜子。しかし、手紙の文面はよどみなく語り始める。もう、暗記しているのか。
   桜子、ポロリポロリと部屋をうろつきながら、手紙の文面を語り続ける。

桜子 ずいぶん悩んだが、今日この手紙を書くことにしたのは、ひと言桜子に謝っておきたいと思ったからだ。ママと別れて7年になるか。その間、お前の方から何度か連絡があった時、パパが会おうとしなかったことを、謝っておこうと思った。パパも何度も悩んだ。決して、会いたくなかったわけではない。パパも何度も桜子に会おうと思った。でも、できなかった。佳子(よしこ)にも相談した。佳子は是非会うべきだと言った。だから決して佳子のせいで会わなかったわけではない。それだけは確認しておきたい。…言い方が固いのよ。何よ「確認しておきたい」って… パパが桜子に会おうとしなかったのは、怖かったからだ。勇気が無かった。会わせる顔がないといった方が正しいのかもしれない。

   桜子、歩きながらタンスの別の引き出しをゴソゴソやる。
   そして、一本のネクタイを取り出して、それをしごいたりぶら下げたりしながら、ネクタイを眺める。しかし手紙の文面は暗誦している。

桜子 電車の駅で二つ分。お前の勤めている場所も判っている。しかし、パパにはそれがとても遠かった。お前もパパの家にやってこなかったのは、佳子に気を遣ってのことだろう? 余計な思いをさせてしまったのだろうな。…別に気なんか使ってないって、仲良くする自信あったんだから… 

   桜子、ネクタイをテーブルに起き、椅子に座って再び便箋を手にする。一枚めくって、

桜子 今、思い返してみて、桜子はどう思っているのか、よくわからないが、パパは桜子と会おうとしなかったことを、後悔はしていない。…してねーのかよ… 後悔などしてしまうと、会いたいのに会えない思いをしていた桜子に失礼だと思う。だから後悔はしないが、…してねーんなら3回も後悔って書くなよな… 桜子は会いたいと思っていたのかな。ただ…申し訳なくは思っている。それだけは謝っておきたい。…同じじゃん… 全てはパパの責任だ。すまなかった。今、パパの枕元にはお前の写真がある。時々それを眺めている。といっても、お前が中学を卒業したときに、パパとママと3人で撮った例の写真だから、3人写っているが。結局、お前と一緒に写った、最後の写真になったからこれを持っている。お前はいつも、「ママに入れられた中学」と言っていたが、なかなかどうしてこの制服は似合っていると思う。

   便箋をみながら、固まる桜子。便箋を持って、立ち上がる。
   そして部屋の電灯をつけたり消したりする。
   ついたり消えたりする電灯を眺める桜子。そして消えるのに合せて、

桜子 消えちゃう… 消えちゃう… 消えちゃう… 

   急に便箋を起き、携帯電話を手にする。そして、誰かに掛け始める。携帯を耳にあて、

桜子 あ、もしもし美香? で、何時にする? …今日来てって言ったじゃん! …うん、用無くなった… …無くなったの、うん… …こっちも美香にちょっと話あったし… …ううん、会ってから話す… …うん、いいよ… どこにする? …えー、行くのかよぉ! そっちから来いよなあ… …男連れてくるの忘れんなよ… …うん… で、何食べる? …焼き肉ぅ? えー… …お好み焼きねえ… …天ぷらぁ? …どうしてあんたはそう臭いのつくものばかり言うの? …奢り? …カンペキに奢り? じゃあ焼き肉でいいよ… どうでもいいの着ていくから… じゃあ、7時ね… うん、オッケー。

   電話を切る桜子。立ち上がって、別の部屋に行く。
   戻ってくると、いくつかの洋服を手にしている。
   一着一着、品定めするように、右と左に仕分けしていく。
   仕分け終わって、左の洋服はまとめて軽くたたむ。

桜子 どうでもいいとは言いながらも…

   右の洋服を改めて、床に広げて並べていく。

桜子 カルビ、カルビ、カルビ、タン塩、カルビ、ハラミ、カルビ、時々サンチュ、ラストは冷麺と。

   上下合せて置くようにしては眺め、気に入らないのか、上下の組み合わせを変えて行ったりして、ようやく組み合わせを決定する。

桜子 よし決定。見事にどうでもよし!

   ちょっとその洋服嗅いでみて、

桜子 すでにちょっと匂ってるし…

   ちょっと考えて、

桜子 そうか! 先週もこれ着て焼き肉行った!

   洋服をしみじみ眺めて、

桜子 今日からキミを、焼き肉の制服に任命しよう!

   桜子、その洋服だけを残して、残りの洋服を抱え、隣の部屋に戻って置いてくる。そして、帰って来て、ハンガーで着ていく洋服をぶら下げながら、

桜子 ねえ、美香。うちの親父とお袋、別れちゃうんだって。

   洋服の糸くずなどを払いながら、

桜子 もう、結構前から、危ないんじゃないかなあとは思ってたんだけどさ。

   座りながら、

桜子 いや、ママと一緒に住む。…ん? だって親父、もう女いるんだって。ああみえて、結構やりて?

   ラジカセのテープをちょっと早送りして、また流し始める。

桜子 ん? あってないよ? …もう4年。…そう4年間。…一回も。…だって、会いたくなったら向こうから連絡してくるでしょう? …わかんない。

   立ち上がって、柱を背に、誰かを待っている雰囲気。
   ふとみて、誰かを見つける。柱に隠れる。目でその誰かを追う。目線は窓際に消えていく。ゆるゆると追いかけて、再び窓際へ。
   しばらく外を眺めてから、

桜子 夏の日差しはあんなに強かったのに、それが今はウソのよう。日が昇って、日が沈んで、日が昇って、日が沈んで、昇って沈んで昇って沈んで、フト気がつくと驚くほど日差しは弱くなっている。夏の日差しの宿命だ。やかましいほどのヒグラシの声は、日に日に弱くなっていくその日差しを応援している。でも、その応援の声は届かない。

   ノートパソコンの前に座り直し、

桜子 夏の日差しはあんなに強かったのに、それが今はウソのよう。日が昇って、日が沈んで、日が昇って、日が沈んで、昇って沈んで昇って沈んで、フト気がつくと驚くほど日差しは弱くなっている。夏の日差しの宿命だ。やかましいほどのヒグラシの声は、日に日に弱くなっていくその日差しを応援している。でも、その応援の声は届かない。

   まったりする桜子。
   ふと便箋に手を伸ばす。そして再び読み始める。

桜子 …なかなかどうしてこの制服は似合っていると思う。どんなものでも上手に着こなすというか、そういうところが、お前にはある。桜子は洋服選びのセンスだけはいい。…だけはいいって何だよ… パパは洋服のセンスには自信がない。男に生まれてラッキーだと思うくらいだった。お前の洋服のセンスは、間違いなくママゆずりだ。お前が洋服関係の仕事についたと聞いたとき、やっぱりなと思ったもんだ。パパといえば、毎朝ママに全ての洋服を準備してもらって。いつもネクタイを結び間違えて、よくママとお前に叱られたな。一度、桜子が選んでくれたネクタイをしてみたかった。ママと別れてしまったことも、いまさらながらだが、申し訳ないと思っている。…唐突なんだよ… 謝るのが…

   桜子、立ち上がる。そしてさっきのネクタイを手にとる。
   さきほど、洋服を掛けたハンガーをとる。そして洋服を外して床に落とし、ハンガーだけを掛け直す。
   そのハンガーにネクタイを引っかけ、ハンガー相手にネクタイを絞める。
   出来上がって、それを眺める。

桜子 こんな簡単なことがどうしてできないの?

   しばらく眺めていたが、ふとスタンドランプを動かして、そのハンガーとネクタイをライトアップさせてみる。
   それをしみじみと眺める桜子。

桜子 やっぱりいいじゃない。

   再び座って便箋に戻る桜子。

桜子 …パパとママは別れてしまったけれど、それはパパとママの問題だ。桜子は一生ママの子であり、パパの子であると思っている。それは、紛れもない事実で、変えられない事実だ。それなのに、パパが桜子に会おうとしなかったこと、もう一度書くが、許してくれ。決して、片時も、いつだって、パパはお前のことを…

   桜子、便箋をめくって、

桜子 桜子さんへ。佳子です。お父さんは、今眠っています。手紙を書いている途中で、ちょっと容体が悪くなってしまいました。すぐに危なくなることはないと思いますが、いつ目を覚ますのかはわかりません。失礼とは思いながら、この手紙を読ませてもらいました。手紙を書いていることは知っていましたが、あなた宛だとは知りませんでした。いつ、目を覚ますのかちょっとわからないので、私が代わりに出すことにします。あなたが何度かお父さんと会おうとしたことは、知っていました。お父さんが、あなたに会おうとしなかったことも知っています。私も、あの人に何度も桜子さんと会うように言いました。でも、どうしても会おうとしない。お父さんが書いている通り、きっと勇気がなかったのでしょう。でも、お父さんが片時もあなたのことを忘れたことがないというのは本当です。決して口に出すわけではないけれど、私は確かに感じていました。差し出がましいですが、私からお願いします。お父さんに会いに来てください。もう、そんなには時間が無いと思います。あなたが来たとき、あの人が目を覚ましているかどうかわからないけれど、会いに来てください。私も、あなたに会いたいと思っています。できれば、息子の佳一(よしかず)にも会ってやってください。来年、小学生になります。佳一も、お姉ちゃんに会いたいと言っています。お願いです。会いに来てください。会いに来てください。8月2日。高成田佳子。

   読み終わって、便箋を畳んで封筒にしまい、母親から来た封筒も手にする。二つの封筒を手にして、

桜子 同じ日に来て、どうすんだよ。

   間。

桜子 こっちはお手上げじゃん。

   涙を拭く桜子。
   ラジカセを切る。
   立ち上がって、窓際へ。
   もどってウクレレを持って、一曲弾く。(あるいは唄う)
   しばし外を眺めていたが、もどってハンガーの前へ。
   ネクタイを眺める桜子。
   ゆるりとネクタイをなでる。
   ある決心をして、母親の封筒から便箋を取り出す。
   葬儀の場所が書いたメモを取り出す。時間をチェックして携帯を開き、時間をチェックする。
   突如、携帯を置いて、脱兎のごとく隣の部屋へ行く桜子。
   ちょっとして戻ってくる、喪服を持っている。
   乱暴にその喪服を床に放り出し、携帯を拾い上げ、急いで電話をする。

桜子 美香? ゴメン。今日行けなくなった。じゃあね。

   ノートパソコンを閉じ、携帯を片手に飛び出していく。出るときに、部屋の電灯を切る。

   間。

   ちょっとして、喪服を抱えたままもどってくる桜子。
喪服を起き、ラジカセのカセットを抜き取り、ハンガーのネクタイをほどきとる。
喪服を拾い上げ、携帯を拾い上げ、消えていく。
   あとに残ったのは、消し忘れの電気スタンドのみ。
   照らされているハンガーは搖れている。
   なぜか、ラジカセが再びナット・キング・コールを流し始める。
   ゆっくりとその電気スタンドの明かりが落ちていく。

   ~エンド




会話版〜ホントウの間柄⑤(最終回) [舞台]

○次の日・昼

「ふーん。夕べそんなことがあったんだ」
「そうなんですよ。あまりの剣幕で、あたし驚いちゃって。お茶どうぞ」
「酔っぱらってたの? 浩美」
「いえ、シラフのはずですけど」
「あの子も、ずーっと長い間、ルサンチマン抱えてきたんだねえ」
「ルサ? え?」
「ルサンチマン。積年の恨み、ねたみってヤツ」
「そうなんでしょうねえ」
「どんな単語が飛び出した?」
「え?」
「バカヤロウって言うとき、どんな単語が多かった?」
「そうだな… あ、一番多かったのは、アレかな」
「なに」
「『何の苦労もなく女やってるヤツ!』って言葉」
「やっぱ、それか」
「なんか、あたし自分のこと言われてるみたいで、なんかショックでした」
「だよな。これまでそんなこと考えたこともなかっただろう? あんたも」
「だけど、浩美ちゃんがこれまでどんなこと考えて生きてきたのかって思うと、あたしなんだかグッと来ちゃって」
「ああそう」
「ほら、浩美ちゃんて、そんな恨みつらみなんか持ってないような感じするじゃないですか。一見クールで。でも、内側にはあんなにもドロドロした物を持ってたんだと思って」
「人間誰しもね。なんかあるさ。それなりに」
「リズさんもあるんですか? ドロドロしたもの」
「あたしはドロドロが服きてるようなもんだよ」
「そういえばそうですね」
「どういう意味よ」
「すいません」
「あのさあ、謝っちゃうとさあ、逆に傷つくってこともあるんだからね」
「え?」
「確かにそうだって認められたッてことになってさあ」
「あ、はい」
「で、明日香は? どんな感じ?」
「どんな感じって、なにがですか?」
「浩美に対して、どんなふうに接してる?」
「どんなふうって、別に普通ですよ。会った日はちょっとショックを受けてたみたいだけど、そのあとはなんでもないみたいに、浩美ちゃんと話してるし」
「あんた気がついてないんだね」
「なんですか?」
「明日香は、こだわってるんだよ。浩美の手術のこと」
「そりゃ、こだわってないっていえばウソになるだろうけど」
「並のこだわりじゃないよ。スゴいこだわりだよ。ただ、本人はまだそれには気づいてないけど」
「そうですか?」
「あんた、明日香がまだ一回も浩美の目をちゃんと見て話してないこと、気がついてる?」
「え、ホントですか?」
「ホントだよ。一回も目を見てしゃべってない」
「そうだったかなあ…」
「そうなんだよ」
「目を見たくないんですかね」
「見たいけど、見れないってほうかな」


「浩美ちゃん、その事に気がついてるんですかね」
「どうかなあ… ただ、意外と勘のいい子だからね」
「ふーん」

「リズさん、何占ってるんですか?」
「ちょっとね」
「ちょっと?」
「あ、出た」
「なにが出たんですか?」
「これは、浩美、気がついてるな。どーも…」
「ただいま」
「あ、ご苦労さま」
「たまたま近くで客が降りてさ」
「食事はします?」
「うん。せっかくだから、昼飯食べちゃおうって… あ、そうそう。明日香ちゃんは?」
「今日は仕事夕方からって言ってたけど、早めに出かけましたね。買い物でも行ったんじゃないですか」
「やっぱりそうか。アレ、明日香ちゃんだったんだな」
「みかけたんですか?」
「うん、新宿流してたとき、アレ、明日香ちゃんかなと思った子が歩いてて。そうかあ。明日香ちゃん、浩美ちゃんを吹っ切れたんだ」
「なに、どういうこと?」
「男と歩いてたんだよ。すっげーかっこいい男とさ」
「男?」
「そう。黒いジャケット着て、サングラスしてる男。腕組んで」
「ふーん。誰だろう」
「男ねえ…」
「うん」


「あたし、ちょっと寝てから仕事行くわ」
「おやすみなさい」


○同日・夜


「だれだ! 貴様!」
「あ、あの、いや」
「この野郎!」
「あの、いや、だから… エイ!」
「痛てえ!」
「あ、ご、ごめんなさい!」
「え! 誰? ……あ、浩美ちゃん… 小林さん!」
「痛てえ… あっ、浩美ちゃんだったのか!」
「ごめんなさい。ついとっさに、あたし」
「タオル冷やしてきます」
「ああ、痛てえ」
「ごめんなさい」
「いや、いいんだけど。なんで浩美ちゃん、そんな格好」
「…はい」
「あーっ、そうだ! 昼間、明日香ちゃんと歩いてなかった?」
「あ、はい」
「やっぱりそうかぁ。浩美ちゃんだったのか、あのハンサム。…あのいや、ごめん」
「いえ」
「ハイ、タオル。冷やして」
「うん… ホントに柔道やってたんだね」
「はい」
「何段?」
「二段です」
「やっぱり有段者か。切れ味が全然ちがったもん」
「すいません」
「それにしても二段か。すげーな」
「父が、絶対にやれって、強制して」
「どうしたの浩美ちゃん。その格好」
「はい」
「昼間言ったじゃん。明日香ちゃんと歩いてた男がいたって。あれ、浩美ちゃんだったんだよ」
「ああ、そうなの? なんでそんな格好で?」
「実は…」


「言いにくいなら、別に無理に言わなくてもいいけど」
「明日香ちゃんに頼まれたんです」
「明日香ちゃんに?」
「なにを頼まれたの」
「あのう…」
「うん…」


「明日香ちゃんに言われたんです。昔から、ずーっと夢に描いてきたことがあったって」


「浩美先輩と、一緒に腕を組んで街を歩いて、映画を見に行くのが夢だったって」


「一回だけでいいから、男の格好をして、その夢をかなえてくれないかって」


「ちょっと考えたんですけど、あたし『うん、いいよ』って言って。それで、あたしもう昔の服は全部処分しちゃってたから、ユニクロに二人で行って」


「男物の服を買って、着替えて… 歩いたんです。腕を組んで」


「それで、二人で映画を見て、喫茶店でお茶を飲んで、明日香ちゃん、夕方から仕事だからって別れて」
「え、でも、別れたの夕方でしょう? こんな時間までどこでなにやってたの?」
「はい… なんとなく、歩いたんです。新宿からブラブラと、渋谷の方まで。明日香ちゃん、喜んでくれたのかなあとか思って。でも、いまさらこういう格好は、やっぱりちょっと抵抗があって…」
「もともと着てた服は?」
「新宿のコインロッカーに入れちゃったの忘れて、歩き始めちゃって」


「すれ違う女の子が、何人も振り返るんだけど、そういうのあたし、もうヤで。顔を伏せて… 渋谷に着いたら、ビルの脇で、ちょっと行列が出来てて、『なにかなあ』と思って覗いたら、エリザベスさんが占いをしてて… あたし、列に並んだんです。なんで並んだんだろう。よく分からないけど、並んじゃったんですよね」


「あたしの番になって、エリザベスさんの前に座って、サングラス外して、『こんばんは』って言ったんです。エリザベスさん、絶対にあたしだって気がついたはずなんですけど、表情全然変えないで、『見たいことをいいなさい』って一言」


「で、聞いたんです」
「なにを?」
「私は、これからどうすればいいんでしょうって」


「なんて言われたの?」


「『あなたは、一人の普通の女性として、普通に生きていれば大丈夫。普通に生きていれば、普通に悩みも困難もやってくるけど、普通の人が普通に乗り越えるように、あなたも普通に乗り越えられる。普通の人に訪れる喜びにも出会えます。普通にしていればそれでいいのよ。だってあなたが欲しかったのは、普通だったんだから』って」


「宝物だと思いました。その時」
「宝物?」
「はい。私が欲しかったのがなんなのか。しっかりとわかった気がしました」


「あの言葉はあたしの宝物です」


○同時刻・それぞれの場所

「はい、もしもし」
「もしもし。明日香かい?」
「どちら様ですか?」
「リズだよ」
「ああ、なんだ、リズさんか。びっくりした。誰かと思った。どうしたんですか? 電話してくるなんて珍しいじゃないですか」
「仕事中?」
「あ、今ちょうど終わって、帰ろうかなって」
「じゃあ、ちょっと話していいね」
「いいですけど、なんかあったんですか?」
「あんた、バカ?」
「えっ…」
「あんたバカかって言ってんの」
「なんですか、いきなり」
「なんであんなことするんだ」
「え、なにをですか」
「あんた浩美に男の格好させて、一緒に新宿歩いたろ」
「あ、はい」
「説明しろ。なんでした」
「なんでって… あたしの学生時代からの夢だったんですよ。浩美先輩と腕組んでデートするの」
「夢だったら、なにやってもいいのか」
「えっ…」
「夢だったら、なにをやってもいいのかって聞いてんの」
「でも… そのくらいのことやってもいいじゃないですか。だって…」
「だってなんだよ」
「浩美先輩、何の相談もなく、勝手に女になっちゃうんだもん」
「やっぱりあんたもそう思ってるんだ」
「なにを?」
「浩美が男から女になったって」
「ちがうんですか?」
「全然ちがうよ。バカ」
「リズさん。なんでそんなに怒ってるんですか」
「バカが嫌いなだけだよ。いいかい、浩美とちゃんと話しな。あんたさあ、まだ一度も目線合わせてないだろう。浩美と」
「えっ… 合わせてませんか? 目」
「合わせてないよ。あんたの態度は合わせてない態度だよ」
「そうなんだ…」
「目を見て、浩美の中に何があるのかよく見るんだ」
「浩美先輩の中?」
「そうだよ! 浩美の中に、どんな人間が入ってるのか、ちゃんと自分の目で確かめるんだよ。わかったね!」


○同日・1時間後、下宿

「うわっ。びっくりした。浩美ちゃんか」
「あ、すいません」
「どうしたの、デンキもつけないで」
「この方が、外の星がよく見えるから」
「なるほど」
「つけますか? デンキ」
「いい。ちょっとお水飲みに来ただけだから」


「浩美ちゃん」
「はい」
「大学は…」
「9月に入ってからです」
「ああ、じゃあもうちょっとのんびり出来るわね」
「はい。あ、でもそんなにのんびりは出来ないんですよね」
「そうなの?」
「はい。お金かかるから、バイトしないと」
「ああ、医学部って大変だもんね」
「はい。父からいくらか仕送りはあるんだけど」
「国立だから、安いとは言えね」
「あたしにとっては安くないです」
「そうか。そうね」
「はい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「あ、明日香ちゃんおかえり」
「ただいま」


「おかえり」
「ただいま」
「今日も遅かったね」
「うん」
「ラジオ局って忙しいんだね」
「部屋暗くしてなにしてたんですか?」
「ん? ああ、星を見てたの。今日は意外と見えるね」
「そう」
「うん」


「いやだったんですか?」
「え?」
「今日の昼間、いやだったんですか? 男の格好するの」
「ああ…」


「別にいやじゃなかったよ」
「正直にいえばいいんですよ。いやなんだったらいやって」
「別にいやじゃなかったよ、ホントに… ただ、ちょっと心配だったかな」


「『明日香ちゃん、ホントにこんなことで喜ぶのかな』って。あれでよかったの?」
「目を見てないってホント?」
「え?」
「あたしが、浩美先輩の目を一度も見てないってホント?」


「見てないね」
「ホントに?」
「正確に言うと、最初に一回だけ。このまえ3年ぶりに会ったとき。あの時は見てくれた。ちょっとだけだけど」


「うん」
「全然気にしてなかった」
「無意識だったんだよ、きっと」
「ごめんなさい」
「いいのよ。だって明日香ちゃんがショックを受けるのは覚悟してたし。無理ないよ」


「先輩、一つ聞いてもいいですか?」
「なあに?」
「どうして、一言相談してくれなかったんですか?」


「手術のこと…」


「前にも明日香ちゃん、それ聞いたよね。『どうして相談してくれなかったのか』って」
「…」


「相談する気持ちは、一切なかったよ」
「!」


「あたし、病気だったんだよね… 病気になったとき、『治した方がいいか治さない方がいいか』なんて、人に相談する人、いる?」
「…」
「あたしは一人で悩んだ。手術するかしないか。一人で決めようと思った」
「…」
「あたし、3年前に、おかあさんが亡くなったでしょ」
「あ、はい」
「うん」


「おかあさんには前から、あたしの病気のこと打ち明けてたんだよね」
「…」
「おかあさんは、ずーっと手術を勧めてくれてたけど、あたしはなかなか勇気が出なかった」
「…」
「でも死ぬ前におかあさんがあたしに言ったんだ」


「『ひーちゃん。ちゃんと産んであげられなくて、ゴメンね』って」
「…」
「その時、手術するって決めた」
「…」
「それからは怖いなんて一度も思わなくなった。涙も流さなくなった」
「…」
「あ、ちがうや。一回だけ、涙が出たときがあった」
「…」
「担当の先生の初診のときに、言われたんだ。『間違った乗り物押しつけられて、苦しかったね』って」


「その時、絶対あたしも医者になるんだって、改めて思った。あたしも、あたしと同じ患者に、同じことをいいたいって」
「…」
「でもね。明日香ちゃんに再会する前は、メチャクチャドキドキしたんだよ。ホントに。きっと、すごく傷つけちゃうかもしれないって」
「…」
「だから、精一杯笑顔作って会おう。今私はとてもうれしいんだってことをわかってもらおうって。思いっきりの笑顔になろうって」
「…」
「この病気で手術した人は、だいたい二通りに別れるの。誰も知り合いがいない場所で生きるか、知り合いに打ち明けて生きるか」
「…」
「私は、知り合いに打ち明けて生きるって決めた。それは明日香ちゃんがいたからだよ」
「!」
「一番最初に明日香ちゃんに伝えたかった」
「なんで?」
「え?」
「なんであたしなんですか?」


「あたしが、浩美先輩を好きだったから?」
「それもあるけど… あたしが明日香ちゃんを好きだったからだよ」
「!」
「明日香ちゃんがあたしのこと好きでいてくれてるのは、ずーっとわかってた。でも、それってあたしを男として好きでいてくれたんだよね」
「…」
「私も男のふりをして、明日香ちゃんと接してた。でも、そんなのウソじゃない。ウソの間柄じゃない」


「ウソの間柄なんて欲しくない。あたしは、ホントウの間柄が欲しかった」


「女友達に… なりたかった。明日香ちゃんの」


「明日香ちゃんはさあ… アメリカから帰って来たら、あたしが男から女になってたって思ってるかも知れないけど、そうじゃないんだよ」
「!」
「あたしはね。生まれたときから女だったんだよ。女として生まれたんだ。でも、ただ病気で男の体で生まれちゃってただけ」


「病気って言うか、怪我って言った方がいいかもしれない」


「あたし、怪我をして生まれてきちゃったんだ」
「…」


「明日香ちゃん。一つ聞いていい?」


「あたしのこと気持ち悪い?」
「!」


「明日香ちゃんがさ、どうしても手術したあたしを許せないと思うんだったら、それでもいいよ。一緒に暮らすのがつらかったら、あたしは出て行くよ。実はもともとそう決めてたんだ。明日香ちゃんがいやだったら、出て行こうって。でもね、これだけはわかって。これだけは」


「あたし… 治ったんだよ… 怪我が治って帰って来たんだよ… 治ったんだ… あたし… 治ったんだもん」
「浩美先輩」
「?」
「ちょっと失礼します」


「浩美先輩」
「?」
「あたしでよかったら、友達になってください」
「!」
「あたし、浩美先輩と、ホントウの間柄ってモンになりたいです!」
「…」


○同日・数時間後

「ちゃんと立てよ! 小林!」
「そんなこと言っれも、あんらにのまされたらさあ」
「なに、ヘベレケじゃん! 二人とも!」
「あたしはしゃんとしてるよ。弱ぇぇな、男のくせに。波子は?」
「とっくに寝た」
「浩美は?」
「お風呂」
「そうか」
「どこで飲んでたの」
「ふかいのいらかや」
「え?」
「ふかいのいらかや」
「なんて?」
「向かいの居酒屋」
「ああ」
「オレが仕事終わって帰ってきらら、リズさんが待ち構えてて、強引に」
「強引に?」
「今夜は、早く帰っちゃいけねーとかなんとか言っちゃって、強引に。あ、オレもうダメだ。死ぬ」
「だらしねえなあ。部屋に連れていってやるよ」


「はあ。部屋に放り込んどいた」
「リズさん、酒で人を潰すクセ、治した方がいいよ」
「なに言ってんだい。このクセが、世界を動かすんだよ」
「意味分かんない」
「そっちは。どうなった」
「うん。ちゃんと話した」
「そうか」
「リズさんに怒られた意味がわかった」
「あたしは怒ったわけじゃないよ」
「そうですか?」
「言ったろ。バカが嫌いなだけ。で、どんな風にまとまった?」
「約束した。ホントウの間柄になろうって」
「そうか。結構結構」


「むふふふふ」
「なんですかリズさん。気持ち悪い」
「ホントウの間柄が、もう一組増えそうなんだよ」
「え? なんの事です?」
「明日の朝になれば分かる。さあ、寝んべ寝んべ」
「なになに?」
「このあとしばらくは下にいない方がいい」
「なんなんですか」


○次の日・朝

「よし、思った通り」


「あ、おはよう」
「おはよう、明日香」
「リズさん、なんでこんな早起き?」
「まあな」
「ああ、腹減った。朝は食っても太んないから、ガッツリ食うぞぉ」
「ご飯無いよ」
「え?」


「なんで?」
「寝坊じゃね? 波子」
「めずらしい! なんかあったの?」
「なんかあったのかねえ」
「おはようございます」
「おはよう。おや、いいね」
「そうですか?」
「回って… いいわぁ」
「あたし、スカート履くの生まれて初めてなんですよね」
「あたしのスカート貸して上げたの。ねー」
「ホントウに大丈夫ですか?」
「あんたは、どんなもの着ても似合うねえ」
「ありがとうございます」
「ちょっと。どんなもの着てもって、ろくな服じゃないみたいじゃない」
「失敬失敬」
「でも、ちょっと短くないですか? なんかこの辺がスースーして」
「そりゃしょうがないだろ、明日香の体型にあわせた服なんだから」
「どうせあたしは、足は長くないですよ」
「失敬失敬」
「失敬ばっかり」
「浩美、朝からどこいくの」
「今日からバイトさがしなんだよね」
「いつまでも遊んでられませんから」
「そんな事より、ショックなんだよ浩美」
「どうしたの明日香」
「波子さんが寝坊して、食事の準備できてないんだよ」
「え? ホントに?」
「ホント」
「波子さん、よく寝坊するんですか?」
「めったにしないね」
「何かあったんですかね」
「たぶん、疲れちゃったんじゃない?」
「疲れちゃった? 昨日、なんかあったっけ?」
「さあ。いつも通りだったと思うけど」
「ごめんなさーい! あたし寝坊しちゃったぁ!」
「頼むよ、波子さん! あたしお腹ペコペコ」
「ごめんなさい。今すぐ作るからね」
「ゆうべ、なんかあったんですか?」
「え? 別に… 何もないよ」


「なんですか、リズさん?」


「ん」
「なんなんですか」
「ん? 何、どうしたの。なんかあったの?」
「波子さん、寝坊」
「うっそ、珍しいねえ。波子さんが寝坊なんて」
「あんた、芝居下手」
「え?」
「食事の準備、まだなんだよ」
「そうなんだ」
「ホントごめんなさい。今すぐ作るから」
「今からだとだいぶかかるよね。いいや、あたし駅前で牛丼かっこんでいくから。遅刻しそうなんだ」
「牛丼! あたしも行きたい! 女の人が牛丼屋で食べてるの、かっこいいなあと前から思ってたんだ」
「そう?」
「じゃあ、行くか」
「うん!」
「ちょい待ち」
「?」
「?」
「何?」
「今から起こること、もうちょっと見ていきな」
「何が起こるの?」
「波子」
「はい」
「どうして寝坊なんかしちゃったの?」
「さあ、ちょっとうっかりしててあたし…」
「うっかり。それだけ?」
「…はい」
「小林」
「はい」
「小林は知らないのか? 波子の寝坊の理由」
「えっ… なんでオレが知ってるの…」
「ホントウに、心当たりないのね。二人とも」
「さあ…」
「全然…」


「何、リズさん。いったい何の話?」
「あたしは、波子の寝坊の理由、知ってるよ」
「えっ? なんなんですか?」
「ゆうべこの二人、一発やっちゃったのさ」


「えっ」
「えーっ!」
「な、何を言ってるんですか!」
「やめてください。急に何いうんですか」
「ホントなの?」
「ホントだよ。さっき波子の目を見ただろ、数年ぶりに目に女の満足感が浮かんでた。ありゃあ、間違いなく一発やった目だ」
「ホントに?」
「あ、二発かもしれないが」
「二発はしてないよ! あ」


「観念して、ちゃんと白状して、楽になっちゃいな」
「それは…」
「なんというか…」


「ふたりとも、やっただろ!」
「…はい」
「…はい」
「マジかよ!」
「おどろいたあ!」
「波子、たぶん大変な満足感で、ついついしでかしたのさ。寝坊」
「はずかしいぃ」
「あたしは、前々からイライラしてたんだよ。二人がお互いを意識してるのは、もうずいぶん前からわかってたから」
「ホントに?」
「だから、ゆうべ小林をベロベロにしただろ? あの時、ちょうどいい機会だと思って、小林を部屋に放り込んだのさ。波子の部屋にね。そしたら、案の定、なるようになったというわけさ。あんた前にあたしにさあ、『この下宿で変なことしないでくださいよ』って言ったよね」
「…いいました」
「ゆうべ、あんたがやったことは?」
「すいません」
「あのね。二人、まとまっちゃいな。そしたら、ゆうべの事も、変なことじゃなくなる。いいな小林」
「まとまるって…」
「くっつけっての」
「えっ…」
「あたしはグズは嫌いだよ。波子は待ってるんだから。な」
「…」
「…わ、わかりました」
「な? ホントウの間柄が、もう一組増えただろ?」
「うん、増えた」
「増えたね」
「こういうのを、割れ鍋に綴じ蓋っていうんだよ」


「あ、失敬失敬」
「あ! マジ遅刻だ! 行こう!」
「うん」
「行ってきまーす」
「行ってきまーす」
「あの、リズさんは食事は?」
「あたしはもう一眠りする。小林と波子がやったかどうか、確かめに下りただけだから」


「…」
「…」
「おいで」
「うん」

    了。



これで、この物語は終わりです。
会話だけで、読みにくかったですか? 
感想などをコメントしてくださればうれしいです。

もしもご希望があれば、他の作品もアップしようかなとも思っています。

会話版〜ホントウの間柄④ [舞台]

③の続き


○数日後・夜

「あんた、何聞いてんだ?」


「聞こえないのか?」


「あんた、こんなの聞いてるの?」
「ええ。和ユーロ。いいでしょう」
「あんた、気持ち悪いね」
「リズさん、仕事は?」
「もうすぐ出る」
「腹減った。飯食おうかな。出来てます?」
「出来てるよ」
「みんなは?」
「明日香は部屋にいるよ」
「浩美ちゃんは?」
「波子と銭湯行った」
「え、どこ行ったって?」
「銭湯」
「お風呂壊れたの!」
「ちがうよ。浩美が波子に『銭湯に連れて行ってください』って頼んだんだよ」
「なんでまた」
「分からないかな」
「分からないって?」
「浩美みたいな人間が、どんなことを考えるのか」
「分からないです」
「ずーっと思ってたんだよ。銭湯に行きたいってさ」
「うん… で、なんで?」
「あんたはずーっとピンと来ない人生を送ってなさい」


「あ、浩美。お帰り」
「ただいま」
「波子も、お疲れさん」
「……」
「いいお湯だった?」
「はい! すっごく気持ちよかった! あたし、初めてなんです。銭湯行くの」
「そう」
「えっ、初めてなんだ」
「はい!」
「オレなんか、風呂付きのアパートは大分たってからだったけど、そういう時代なんだね」
「時代のせいじゃないよ、バカ」
「え?」
「ねえ?」
「はい。あたし、前の体だったときは、男湯に入らなきゃならないから、ヤだったんです」
「ああ、なるほど」
「裸の男の人見るのもイヤだったし。自分の裸をみられるのもイヤだったし」
「そうか。そうだよね」
「あたしちょっと荷物置いてきます」


「波子さん。どうしたの?」
「…うん…」
「やっぱりか」
「やっぱりって?」
「すごかったか」
「…すごかった… アレはすごい」
「何が?」
「どんな風にすごかった?」
「完璧ってああいうことを言うのかも知れない」
「そうか」
「だから、何がすごかったんだよ」
「周りの反応はどんな感じだった?」
「それもすごかった。あたしはね、浩美ちゃんと並んで脱いでたんです」
「うん」
「で、隣で浩美ちゃんが脱ぎ始めて、スッ… スッ…と洋服が一枚ずつ落ちていくに連れて、出てきたんです」
「え? 何が出た」
「完璧なヌード!」
「そうか。やはりそこまで出来てたか」
「そんなにキレイだったの?」
「キレイなんてもんじゃないですよ。ああいうのを完璧な女体って言うんじゃないでしょうか。ああいう人が銭湯に行っちゃいけないと思うな」
「マジで?」
「まっしろな肌。豊かな胸。絞り込んだウェスト。形のいいヒップ。長い足」
「一言で言うと?」
「パーフェクト」
「今、想像してるな、小林」
「ごめんなさい。してます」
「まあ、しょうがない。今回は許す」
「あんなにキレイになるなら、あたしもいじっちゃおっかなあ」


「浩美は元がいいから、ああなったんだぞ」
「そうそう。それがいいたかった。そんなにスゴかった?」
「あのね。脱衣所にいたお客さんの、脱いだり着たりする手が、全員止まったんですよ」
「すげえ」
「みんな目をまんまるにして、浩美ちゃんの体を見つめちゃって。あたしもすっかり脱ぐの忘れちゃって、下、履いたまま洗い場に入ろうとしちゃって、慌てて脱いで」
「波子さんのはあんまり想像したくない」
「なんだ?」
「ごめんなさい」
「また、浩美ちゃんが、銭湯初めてだって聞いてたのに、堂々としてて、あんまり体とか隠さないで、オケとタオルをもって、ガラッと扉を開けて洗い場に入ったんですよ。そしたらね、洗い場にいたお客さんがパッと浩美ちゃんの体をみて、こうグッと、グッとのけぞったんですよ。あたし、みてましたから。全員が見たとたんに、グッと、こうやってのけぞったんです。ホント」
「そうかぁ。そこまでかぁ。クソォ」
「なんでクソなんだ?」
「なんとなく」
「そのあとも、浩美ちゃんは全然堂々として、体洗って、シャンプーして、湯船に入って。その間、ずーっとニコニコしてて」
「よっぽど入りたかったんだ」
「『楽しい楽しい』の連発で」
「よかったなあ」
「まあ、よかったんですけど、ああそうそう。かわいそうな人がいました」
「なに、かわいそうな人って」
「洗い場で、浩美ちゃんが座ったところのとなりにいた女の人。三十ぐらいの主婦かな。普通の体してるんですよ。ごくごく一般的な。そんなにデブでもなかったし。でも、浩美ちゃんにとなりに座られちゃった」
「ああ、それはつらいわ」
「こっちはね。比べるつもりはないけど、並んで座って同じことしてるわけじゃないですか。みると、どうしても比べちゃうんですよ。浩美ちゃんと、体」
「そうか」
「誰も何も言ってないんですよ。だけど、みてる人の目線をみてると、やっぱり比べちゃってるんです。あるじゃないですか。何も言わなくても表情で」
「あるな」
「その人も、だんだんと周りからのその目線を感じ始めて、徐々にいたたまれなくなって行ったみたいで」
「どうなった」
「そのまま、湯船に入らず、シャワーだけ浴びて出てっちゃいました。その時ね、あたし顔みたんですけど、涙ぐんでました。ああいうのをまさに、『針のむしろ』って言うんでしょうね」
「さらし者だもんな」
「とんだとばっちりだよ」
「そのあとは、浩美ちゃんが動くと、すーっとみんな離れるようになっちゃって」
「モーゼの十戒かよ」
「あたしも、並ぶのイヤだったんだけど、そういうわけにも行かないじゃないですか。もう、『比べるなら比べろ』って開き直って。横に座っちゃった」
「人騒がせな体だな」
「そうなんだ…」
「小林、充分想像したか」
「まあ、想像したんだけど。別のことも想像しちゃった」
「なにを」


「やだ! はずかしい!」
「ちがうよ!」
「ちがうの。じゃあなに?」
「どんな感じなんだろうかなあって」
「なにが」
「自分の惚れてた男がさ。いきなり女になっちゃって。しかもだよ。どんどんと自分よりいい女になっていくんだよ」
「まあな」
「明日香ちゃんも、決して不細工じゃないんだけどなあ」
「あーあ、おなか減った。ねえねえ、今日の晩御飯なに?」


「なに?」


「明日香ちゃん。あたしも一緒に食べていい?」


「どうかしました?」
「なによ」
「小林」
「はい」
「その想像は、したら明日香が可哀相だわ」
「そうなんですけどね」
「想像? なんの想像?」
「死んでも言えない」
「あたし、仕事行ってくるわ」
「オレ、風呂入ってくるわ」
「なに、なんかあったの? (浩美に)なんかあった?」
「さあ… あ、明日香ちゃん! あたしさあ、波子さんに銭湯に連れて行ってもらったンだよ」
「マジで? 波子さん、銭湯なんてあったっけ?」
「ほら、スーパーを超えてちょっと行ったところ。入り口がコインランドリーの」
「ああ、あそこか。あるな」
「今度明日香ちゃんも一緒にいこうよ。気持ちよかったよぉ」
「えっ」


「えー、どうしようかなあ。一応、浩美先輩は浩美先輩だからなあ。裸見られるの、ちょっと抵抗が」
「そうかあ。残念。ああ、おなか空いた」


「やっぱりさあ、いくら女になったからって、やっぱり裸見られたら、ショックだよねえ」
「世の中にはさ」
「ん?」
「裸を見られるよりも、裸を見る方がショックってことも起きるんだよね」
「どういう意味?」
「明日香ちゃんには、あのつらさは味わわせたくない」
「え?」
「あたしもご飯食べようっと」


「なーんか独りぼっちな気がするんだけど、気のせい?」


○数日後・夜

「だから、しょうがないじゃない。土日が挟まってたんだから… え?… だけど、一日二日の遅れぐらいはさあ、ちょっと大目に見てもらわないと… 行ったさ… 金曜日にね。でも振込しても、実際にそっちに届くのが週明けになっちゃったってことだから… うん… だからわかってるって…」
「ああ、浩美ちゃん」
「小林さん、どうかしたんですか?」
「うん。ちょっとね」
「ちょっと?」
「プライベートなことだから、言っていいのかどうか」
「はい… はい… 今度から気をつけますから! まったく、なんだよ。一日二日遅れたぐらいでさあ」
「どうかしたんですか?」
「別れたカミさんだよ。養育費が遅れてるって文句言ってきてさあ」
「ああ」
「言って全然いいんだ」
「え? ああ、別に隠すほどのこともないんだから。オレ、昔結婚してて、子供もいてさ。養育費払ってるわけ」
「あ、はい」
「だけど、土日が挟まっててさあ、金曜の午後に振り込んだら、届くの月曜になっちゃうわけよ。なのに『約束は金曜日のはずだった』とか言っちゃってよぉ」
「そうなんだ」
「『今度からは、絶対に許しませんからね!』だってよ。離婚してからもしかられるとは思ってなかったよ。な?」
「そうですね」
「ああ、むしゃくしゃする。なあ、波子さん。アレやろうぜ、アレ」
「ええ? アレですか?」
「そうそう。最近やってなかったじゃない。溜まってるだろ?」
「なんなんですか? アレって?」
「あのね、この田中荘に伝統的に受け継がれている、儀式みたいなもんなのね」
「儀式?」
「そう」
「日頃たまった鬱憤をみんなに聞いてもらって、鬱憤バラシをするんだ」
「題して、田中荘名物バカヤロウごっこ。ちょっと待ってて」
「バカヤロウごっこですか?」
「ああ、これが結構スカッとするんだよ」


「これ」
「ぬいぐるみ?」
「憎たらしい顔してるでしょう。最近自分が腹の立ったことを思いっきり怒鳴って、このぬいぐるみをどこかに思いっきり投げつけるの」
「へえ。面白そう」
「一人でやると、だんだん自己嫌悪になっていくんだけど、みんなとやると、スカッとするんだよ」
「ただいま」
「ああ、明日香ちゃんお帰り」
「お帰り」
「今日は遅かったね」
「そうだよ! なんか雑用一杯押しつけられてさあ。大した番組も作れねえくせに。あのディレクター。なにやってるの? あ! やるの?」
「やる」
「今から?」
「今から」
「マジで! ちょうどいいや溜まってたんだ。やろうやろう」
「浩美ちゃんもやるでしょ?」
「あ、はい」
「見本見せるから、見てて」
「まず誰やる?」
「オレやる」


「…」
「…」
「…」
「たかが一日二日なあ!」
「なあ!」
「養育費が遅れたからってよう!」
「よう!」
「グダグダぬかしてんじゃねえ! バカヤロウ!」
「そうだ!」
「おっしゃるとおり!」
「んにゃろー」
「と、こうやるの。わかった?」
「あ、はい」
「次は、あたしね」


「…」
「…」
「…」
「おい! 八百源の親父!」
「親父!」
「あたしの顔を見て『奥さん奥さん』言うのやめろ!」
「やめろ!」
「あたしは2年前に奥さんじゃなくなったんだよ! バカヤロウ!」
「そうだ!」
「だいたいあの親父は口が軽すぎる!」
「浩美先輩も、同意して」
「あ、うん。その通り!」
「そうそう。これ、みんなの同意の言葉が大事なんだよ。共感ていうの? 安上がりで共感が得られる」
「ふーん」
「あたしの番」

「…」
「…」
「…」
「あのな、鈴木!」
「鈴木!」
「てめえパーソナリティーにばっかおべっか使って、AD締め上げるのやめろ!」
「やめろ!」
「テメエに能力がねえのは、AD仲間、みんな知ってるんだよ! バカヤロウ!」
「鈴木が悪い!」
「確かにあいつは無能だ!」
「知ってるんですか? 鈴木って人」
「知らないけど、いいの」
「ああ」
「はい。浩美先輩の番」


「なに言おう…」
「なんでもいいのよ」
「なんかあるでしょう」
「最近のことじゃなくてもいいんだよ。ずーっと思ってて口に出せなかったことでも」
「そうだなあ… あ、アレにしよう」
「よっしゃ来た」
「おい! そこのブス!」
「!」
「!」
「!」
「お前、ブスなのになんで女なんだよ! 何の苦労もなく女やってんじゃねえよ! バカヤロウ!」


「…そ、そうだ! その通りだ…」
「女として、気がつかなかった」
「あたし、なんか、ドキッとしちゃった」
「気持ちイー! ハイ」
「月に一回ぐらいはなあ!」
「なあ!」
「子供に会わせろ! バカヤロウ!」
「ハイ」
「あ、あたし」
「…」
「…」
「…」
「おい、スーパーのシンエツ!」
「シンエツ!」
「一人一個って言っときながら、こっそり並び直して何本もシャンプー買ってるやつは他にもいるんだよ!」
「いるんだよ!」
「あたしばっかり発見するのは、やめろ! バカヤロウ!」
「おい、大久保孝!」
「大久保孝!」
「てめーパーソナリティー名乗るなら、フリートークはちゃんと準備しとけ!」
「しとけ!」
「実は聞いてて笑ったこと一回もねーんだよ! バカヤロウ!」
「あたし、行きますね」
「…」
「…」
「…」
「おい! 小学校の時のクラスメイトたち! トイレのとき、好きで個室ばかり入ってたんじゃないんだよ! 見るのがイヤだから、立ちションできなかったんだよ! それなのに、『あいつ、いつも個室に入ってる。いつも下痢なんだぜ』とか噂流して、ゲーリーなんてあだ名つけるんじゃねえ! バカヤロウ!」


「そうだ!」
「気持ちイー。あのこれ、順番にやらないとダメなんですか?」
「あ、続けてやっても別にいいんだよ」
「あ、ホントですか? いいですか?」
「…」
「…」
「…」
「なんで男勝りの女の子はチヤホヤされて、女っぽい男は白い目で見やがるんだ! バカヤロウ!」
「そうだ!」
「あたしのこと、ハンサムなんて言ってんじゃねえ! 全然うれしくないんだよ! バカヤロウ!」
「バカヤロウ…」
「おい! レンタルビデオ屋! つーか、会員証のある店全般! いちいち入会申込書の男・女の欄に丸をつけさせるのやめろ! そのたびに悔しい思いをしてる人間だっているんだ! バカヤロウ!」
「バ、バカヤロウ…」
「人がなあ、プロポーション保つのに、どんだけ筋トレしてると思ってるんだ! なのにのうのうと『ダイエットしないとねー』なんつって、何の苦労もなく女やってるそこのブス! お前なんかな、お前なんかなぁ!」
「…」
「…」
「…」


○次の日・昼

「ふーん。夕べそんなことがあったんだ」
「そうなんですよ。あまりの剣幕で、あたし驚いちゃって。お茶どうぞ」
「酔っぱらってたの? 浩美」
「いえ、シラフのはずですけど」


〜⑤に続く

会話版〜ホントウの間柄③ [舞台]

②の続き


○同日・夕方

「ああ、もうこんな時間だわ。ええっと… 小林さんは、まだ寝てる。リズさんは… もうすぐ仕事っと。明日香ちゃんと浩美ちゃんはどこ行ったんだろう」
「あたし、ちょっと寝ちゃった」
「そりゃ、しょうがないですよ。これから夜遅くまでお仕事なんですから」
「浩美と明日香は?」
「さあ… あたしが買い物から帰ってきたら、もういなかったみたいですね」
「早速デートかな」
「どうなんでしょう、それは」
「やっぱり、女同士には抵抗ある?」
「というか、なんかあたしまだ混乱して。あ、お食事できてますから、いつでも」
「それにしても、あの浩美って子、いい女だわ」
「ええ?」
「ねえ。思わない?」
「どうなんでしょう。かわいいとは思うけど」
「かわいいなんてもんじゃないよ。かなりの上玉だよ、あれは」
「そうですねえ」
「あんたなんか、完全に抜かれてる」
「何が? 何が抜かれてるんですか?」
「具体的に言われて、ショックを倍増させたいの? いいよ、まずはおっぱい。おっぱいがあんたの場合…」
「ゴラァ!」
「いけね。元ヤンだった」
「でも、確かに元は男にしては、すごい美人ですよね」
「あんたもそう思ってるんだ」
「何を?」
「元男って」
「えっ、ちがうんですか?」
「もしも、明日香と浩美って子が一緒に出かけたんだったら、まずいことが起こると思うな。うん」
「まずいことって?」
「帰ってくればわかる。たぶん」
「ただいま!」
「噂をすれば影だ」


「ただいま」
「お帰りなさい。どこに行ってたの?」
「その辺をブラブラ」
「浩美ちゃんは?」
「一緒だよ。先輩にここらを案内してたんだから、一緒に決まってるじゃない」
「何怒ってるの?」
「別に」
「食事、出来てますよ」
「うん」


「やっぱりな」
「何ですかね」
「たぶん、あたしの予想が当たってるんだと思う」
「どんな予想?」
「あたしは占い師だよ。忘れたの? 未来が見えるの」


「ただいま」
「お帰りなさい」
「どこに行ってたんですか?」
「明日香ちゃんが、下宿の周りを案内してくれるって言ってくれて、ちょっと歩いて駅の方まで行ってきたんです」
「ああ、そうなの」
「駅、わりと大きいんですね。人が沢山いたんで、びっくりしちゃいました」
「そう?」
「さっきはすぐに車に乗っちゃったから気づかなかったけど、飲む所も沢山あるし」
「何かあったの?」
「え?」
「なんか、明日香ちゃん。機嫌悪そうに二階に上がって行ったんだけど」
「…そうですか」
「なんかあったの?」
「別に、大したことは」
「浩美、あんたさ」
「はい?」
「ナンパされたでしょう」
「えっ」
「されたでしょう、ナンパ」
「あ、ハイ、まあ」
「明日香と二人で歩いてて、男に声掛けられた?」
「はい」
「ここいらはね、チャラい男が多いので有名なんだよ、特に駅周辺は。何回声掛けられた?」
「7回… ぐらいかな、ハハ」
「そのうち、あんたが声を掛けられたのは何回?」
「…もういいじゃないですか、そんな話は」
「何回? あんたの方が、声掛けられたの、7回中」
「それは…」


「あたしは、おためごかしは嫌いだよ。正直なやつがスキ」
「…7回です」
「ほーらやっぱり思った通り! 正直だね。結構結構」
「何、どういうことですか?」
「つまり、明日香と浩美が並んで歩いてて、男が声をかけたのさ、7回連続で浩美の方に」
「うわぁ… そういうことか」
「明日香は一度も無し。だよね」
「あ… はい」
「うわあ…」
「おなじ女としては、ま、敗北感にさいなまれるわな」
「まあ… ね」
「しかも、ただの女じゃない。最近女の体を手に入れたばかりの相手だ」
「そんな、あけすけに。ごめんなさい浩美ちゃん」
「いえ。本当のことですから」
「こういう人なのよ、リズさんて」
「はい」
「で、うれしかった? あんた」
「へぇ?」
「うれしかったでしょう。男に声かけられて」
「ええっと…」


「うれしかった… です」
「えらい! あんたホント正直だ! あたし一気にあんたのことスキになった」
「気にはしてたんです! あたしにばかり声かけてくるなあって。明日香ちゃん、気を悪くしてないかなあって。でも、初めての経験で… なんかちょっと… うれしくて…」
「たぶん、あんたニヤけてたと思うよ」
「えっ?」
「男にナンパされて、ついていく気はなかっただろうけど、まず確実に、ニヤけてたと思うよ」
「ホントですか?」
「しょうがないよぉ。あんただって、そんな思い切った手術するからには、男にナンパされてみたいって気持ちだって、どっかにあったでしょう」
「…なかったといえば… ウソかなあ…」
「そうだよ、それでこそ女だよ」
「そうですか?」


「あー、おなか減った」


「何?」
「大変だったね。明日香ちゃん」
「何が」
「まあ、もっとランクの低い女と歩いてたら、声かけられるのは、あんたの方だから。あんたそれ自体は、そんなにひどくはないから」
「だから、何の話ですか?」
「今回は、相手が悪かった。気を落とさずに頑張りな」
「あーっ…」


「あー、もしかして。みんな聞いたんだね。浩美先輩がナンパされたってこと」
「『浩美先輩、だけが』ね」
「それで、もしかしてあたしがムッとしてると思ってる?」


「ちょっと! 冗談! そんなわけないじゃん! やだなあ! そんなわけないじゃん!」


「ホントだよぉ! あたしの大好きな浩美先輩が、大人気になって、どーしてあたしがムッとするのよ。冗談じゃないよぉ。むしろ誇りよ。あたしの誇り」


「ちょっと、やめてよぉ。ホントにさあ。波子さんだって、『大変だったね』って何よぉ」
「明日香ちゃん。もしもあたしがニヤけてて、気に障ったんだったら、ごめんね。でも、あたしツイうれしくてニヤケちゃったの…」


「浩美、そこ正直でなくていい」


「あーあ、結構寝たぁ…」


「おお、おっす」
「おっす」
「何。何ムッとしてるの。まだ酒残ってるの?」


「ああ、どうもこんばんは」
「こんばんは」
「いやあ、見れば見るほど、美人だ。浩美さんて。これは男はほっとかないわ。ねえ! みんな、そう思うでしょう? オレがあと十歳若かったら、絶対にナンパするな」
「あんた、寝起きに口が軽くなるクセ、あいかわらず直ってないね」
「えっ… 俺、悪いこと言った?」
「あたしが歩いてたら?」
「え、明日香ちゃんが?」
「ナンパする?」


「するよぉ! ガンガンするよぉ! 明日香ちゃんも可愛いじゃない」
「あんた、芝居、下手」
「えー… 下手だった? だってさあ、急だったんだもんさあ」

○同日・夜

「食事の時間が5人ともそろうなんて珍しいね」
「だな」
「ふう。今日もうまかった」
「あいつ、料理の腕は間違いないな」
「うまかったでしょ」
「はい。これから毎日、食事が愉しみです」
「ついつい食べすぎちゃって、太っちゃうのが玉にきずなんだよなあ」
「お茶が入りましたよ」
「今、噂してたんだよ」
「何を?」
「あいかわらず、波子さんの料理はうまいって」
「あらあら、それはありがとうございます。浩美ちゃんは? お口にあいました?」
「そりゃあもう」
「よかった」
「だけど、なんであんな料理の腕を持っていながら、出戻って来たのかねえ」
「またその話?」
「男は、料理でつないどけってのが、定説なんだけどねえ」
「つなぎきれませんでした」
「ねえねえ、明日香と浩美が最初に会ったのはいつなのよ」
「あれは… えーっと…」
「あたしが中学一年の時。夏休みが終わったころ、浩美先輩が二年生で転校してきたんだよ」
「あ、そうだね」
「なんか、柔道部にすごい美男子が入部したって、クラスで評判になっちゃって、あたし友達と、道場を覗きに行ったんだよ」
「かっこよかった?」
「かっこよかったよぉ!」
「はずかしいよ」
「ほら、柔道部なんてもっさりしたジャガイモみたいな連中の集まりじゃん」
「まあな。中にはカボチャもいるし」
「あ、いた、カボチャに似てるヤツ」
「ああ! いたね!」
「国松!」
「ゴツゴツした顔して、顔色も黒いっていうよりも、どこか深ミドリって顔色してて」
「いいヤツだったんだけどね」
「で、そんな八百屋の店先みたいな柔道部に、一人だけタカラジェンヌみたいな男子が柔道着着て立ってたんだよ。後光が差してるみたいな?」
「またまた、言い過ぎだよ」
「いや、マジで。で、また浩美先輩が強いんだ」
「子供の頃から、ずっとやってたからね」
「ジャガイモとカボチャをちぎっては投げ、ちぎっては投げ」
「あんまり強い部じゃなかったから」
「どうしてまた、柔道部なんか選んだの」
「父親に勧められて。父がやってたんですよね。で、『お前はどこか女々しいところがあるから、柔道やれ』って」
「どこか女々しいところって、ねえ」
「ねえって?」
「娘のそーゆーところ、判ってないんだ。おとこ親は」
「まあ、でもまだその頃は、父にとっては息子だったから」
「ってところが、判ってないんだな」
「それからは、もう柔道部の追っかけよ。試合には必ず出かけたし」
「来てくれたよねえ」
「行ったよ」
「だけど、一つだけ問題があったんだよなー」
「問題? 応援で?」
「はい」
「何?」
「明日香ちゃんと、その仲間。4人ぐらいいたかな」
「5人」
「5人か。ともかく、あたししか応援しないんですよ」
「うわあ、ヒイキ」
「ひどいえこヒイキでしたよ」
「どんな感じで?」
「浩美先輩の試合が始まるまで、何もいわずにジーッと座っててね」
「うん」
「浩美先輩が、畳に一歩上がったとたんに、5人で『浩美先輩、キャー』って」
「それだけならいいんですけどね」
「なに、もっとひどいのアリだった」
「なに、そんなのありましたっけ」
「あたしがだいたいラストに出るんですけど」
「大将ってやつか」
「そうなんですけど、あたしの前に出てくるヤツを、逆応援するんですよ」
「あ、そうだった。浩美先輩が早く見たいもんだから、『早く負けろ!』『頑張ってんじゃねー!』とか」
「ひでぇ」
「誰? 逆応援されてたの」
「っていうか、罵り?」
「えーっと、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将って順番で出るんですけど、副将の子ですね」
「大抵、さっきも名前がでた、カボチャの国松だったね」
「そう。国松君」
「あいつ、強くもないのに頑張るんだもん」
「だけど、いっつも明日香ちゃんに罵られて、国松いつも泣きながら試合してたんだよ。『なんで負けろっていうんだよぉ』って」
「うっそ。アレ、泣き顔だったの? 分かんない顔だなあ」
「中坊は残酷だな」
「二人は高校は?」
「それよ、それ」
「なによ、なに」
「浩美先輩、難しい県立にパッと受かって行っちゃったんだもん」
「結構頑張って受験勉強したよ」
「残されたこっちが大変。なにしろ、あたしバカだったからさ」
「だろうね」
「はい?」
「勉強した?」
「もう、猛勉強しましたよ。一緒の高校行きたさで。バカはバカなりに。あれは人生で一生分勉強したな、うん」
「でも、合格してて学校で会ったときにはびっくりしたよ」
「内緒で受験しましたからね。落ちたときかっこ悪いし」
「で、高校時代も柔道部の応援?」
「もっと近づきたいと思って、入学してすぐ女子柔道部作っちゃったんです」
「やるなあ」
「浩美先輩に稽古つけてもらえば、どうどうと抱きつけるし、と思って」
「ま、そんな理由だわな」
「抱きつけた?」
「それが全然」
「なんで」
「先輩、強すぎるんですよね。組んだ! と思ったら、もう投げられちゃうんだもん」
「へえ、とてもそんなに柔道が強そうには見えないんだけど」
「柔道は力じゃないですから」
「なるほど」
「浩美先輩、高校でも人気あったよね」
「そうだったかなあ」
「バレンタインとかスゴかったじゃないですか」
「まあ、確かにね」
「どのくらいチョコもらったの?」
「えーっと… 毎年、五十個ぐらいあったでしょう」
「あったかな」
「ホントに? オレなんか、高校時代はゼロだよ」
「でも、学校で一番じゃなかったんですよ」
「うそ。もっともらうヤツいたの?」
「明日香ちゃん、覚えてるでしょう?」
「ああ、ビー部の小暮でしょう?」
「そう。小暮君」
「ビー部ってなに?」
「ラグビー部のことです」
「ああ」
「なに、かっこよかった」
「まあね。でも浩美先輩とは全然タイプがちがうの。いわゆる、汗くさいタイプ?」
「えー、かっこよかったじゃない! 小暮君。チョコもあたしよりずっと沢山もらってたし」
「そう… だったけど」
「明日香ちゃん、知らなかったと思うけど、あの頃、小暮君、明日香ちゃんが好きだったんだよ」
「うそ!」
「ホント。あたし小暮君と同じクラスだったから。直接相談されたから、間違いない」
「マジで?」
「『お前んところの柔道部の女子に野本明日香っているだろ。紹介してくれねーかな』って」
「ちょっともったいない。あ、でも、紹介してくれなかったじゃないですか」
「だって、明日香ちゃんはあたしに夢中なの知ってたし。それに…」
「なに?」
「あたしの初恋の人なんだよね。小暮君」


「あたし、なんだか悔しくてさ。焼き餅焼いちゃった」
「そうなんだ」
「あー! こんなこと打ち明けられる日がくるなんて、思わなかったァ!」


「浩美先輩の初恋の相手が、小暮…」


「ああ、まだ混乱する」
「そう?」
「だって、当時浩美先輩は、学ラン着てたんだよ。学ラン。そのイメージだもん」
「ああ、そうか」
「そのイメージで考えてよ。初恋が小暮って」
「今、こうやってみてると、全然普通の話なんだけどね」
「それで、浩美ちゃんは医学部に合格するんだ?」
「はい」
「もう無理じゃない。もう追っかけられないじゃない。あたしが医学部に合格するなんて、絶対に無理じゃない」
「そうだね」
「そりゃ不可能だ」
「そんなにあっさり認められると、カチンとくるけど」
「で、どうしたの」
「で、勇気出してメアド聞いて、メール出しまくり」
「うるさくなかった? 迷惑メール」
「迷惑ってなによ」
「全然。あたし、明日香ちゃんには、いつも元気もらってたし」
「で、手術は何年前?」


「何年前にやったの? 最初の手術」


「治療を始めたのは、留学する直前に、日本で先生に相談して。埼玉にこの病気に詳しい大学があるんですけど、留学が決まってたから、ボストンの病院紹介してもらって。だから3年前ですか」
「手術が3年前か」
「ちがいます。手術するまでが長いんです。まず精神的に確かにトランスセクシャル… あ、体の手術を希望する性同一性障害のことですけど、間違いなくそうか、じっくりカウンセリングするんです。中には、女装して女性の振りをして生活するだけで満足できる人もいるので」
「なるほどな、そりゃそうだ」
「それからホルモン療法があって、そのあとリアルライフテストっていうのをやるんです」
「リアルライフテスト」
「自分のなりたい性別になって実際に生活するんです。あたしの場合は女性だったから、手術をする前に女性として生活してみるんです」
「どのくらい?」
「だいたい、一年ぐらいかけます」
「一年!」
「長いねえ!」
「はい。でも、手術しちゃったら、もう絶対に後戻りはできませんから、じっくりやるんです。実際、リアルライフテストで、やっぱりやめるって人も多いんです」
「で、手術は」
「去年ですね」
「今は、全部終わった」
「全部終わってます。今は、普通に生活できます」
「自分の体、気に入ってる?」
「はい。もうすごく気に入ってます。毎日鏡に映して、見てます」
「よかったね」
「はい」


「明日香ちゃん、ごめんね。こんな話して」
「ぜーんぜん!」

○数日後・夜

「あんた、何聞いてんだ?」


「聞こえないのか?」

                      〜④に続く

会話版〜ホントウの間柄② [舞台]

会話版〜ホントウの間柄②



「初めまして。お世話になります。杉浦浩美です」
「!」
「!」


「…あのう… 入ってもいいですか?」
「あっ! ああごめんなさい! どうぞお上がりください」
「靴はどうすれば」
「玄関に回しとくから」
「すいません」
「こっちの人が」
「あ、すいません」
「はい」
「玄関から入ればよかったですね。すいません」
「いいのいいの。あ、どうぞお座りください」
「失礼します」


「あたし、お茶持ってきましょうね」
「すみません」
「あんた今、見とれてる?」
「えっ! やめてよ」
「そうか。さっき見えた、変なものの正体はこれか」
「え?」
「いや」
「あのう… 明日香ちゃんは?」
「今ね、シャワー浴びてる」
「ああ」
「3年ぶりにあんたに会えるってさあ、嬉しくて現在磨き上げてるのよ、全身を」
「全身を?」
「そう。初日には見られるはずのないところまで、念入りに」
「そ、そうですか」


「波子。チラ見やめろよ」
「み、見てませんよ。お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
「私は、有藤波子。この下宿の住み込みの管理人をしています」
「雇われよ、雇われ。結婚してたんだけど、もどってきたの。出戻りで雇われ」
「あ、はい」
「初対面でそこまで言わなくても」
「旦那がキャバクラの女に入れ揚げて…」
「エリザベス! ごらぁ!」
「ひっ! …働き者だけど、時々、切れるのが玉にきず。元ヤンだったのねー。レディースっていうの?」
「だから、バラシすぎ」
「はーい」
「改めて紹介するわね。こちら、小林高弥さん」
「小林です」
「杉浦浩美です。よろしくお願いします」
「小林さんは、一階のお部屋。個人タクシーの運転手。あ、知ってるわね」
「さきほどはお世話になりました」
「ど、どうも」
「ぎこちねえぞ。男やもめ」
「こちらは、昨日までフランシーヌ麗子さんだったんだけど、今日からエリザベス麗子さん」
「え? エリザベス?」
「占い師をなさってるの。占い師の芸名みたいなもの?」
「占いは芸じゃないよ。能力。どうも、エリザベス麗子です」
「よろしくお願いします」
「リズって呼んでくれる?」
「…リズ… あ、はい」
「リズさんは、二階に住んでるのね。明日香ちゃんも二階。ここは一階に二部屋、二階が三部屋。あなたも二階の部屋を使ってください」
「わかりました」
「明日香は、あなたと隣の部屋がよかったみたいだけど、間にあたしの部屋が入ってる」
「あ、そうですか」
「ごめんね。邪魔して」
「いえ」
「えーっと… リンゴ食べます?」
「いただきます。すいません」
「今、むきますね」
「確認するけど、いい?」
「確認? …あ、はい」
「杉浦浩美さん… でいいんだよね」
「杉浦… 浩美です…」
「野本明日香の昔ッからの知り合いの、明日香の先輩の、杉浦浩美さんだよね」
「はい」
「元柔道部で、現在医大生の」
「はい、よくご存じですね」
「そりゃあもう、夕べ明日香から耳に蛸ができるぐらいに聞かされたから」
「そうですか」
「ホントに耳にタコだったんだよ。タコ、見る?」
「あ、いや、遠慮しときます」
「結構立派なんだけど」
「いえ」
「あんたもなんか聞くことないの?」
「いっ? いや、無いよぉ」
「あたしは、あんたがこの人に今一番聞きたいこと、何だかわかってるよ」
「やめてよ」
「波子も、聞きたいんでしょう」
「やめてください」
「柔道部では主将までやったんだって?」
「はい」
「すごいねえ」
「まあ、主将と言っても、別に強い部でもなかったから、そんなに活躍したわけでもないです」
「柔道部は、全員男?」


「はい、そうです。あ、高校の途中から女子柔道部も出来ましたけど」
「あんた、男子部だろ?」
「はい」
「あんた… 美人だねえ」
「あのいや、そんな」
「紛れもなく、美人だわ。うん」
「あの… はあ」
「美人だと思わない? 思うよね、小林」
「えっ…」
「思うだろ」
「まあ…」
「思うよな」
「はい」
「波子は?」
「リズさん!」
「どう思う? 美人だよね!」
「やめてくださいよ」
「美人だと思うだろ!」
「…思います」
「ほら。みんな美人だって。よかったね」
「ありがとうございます」
「杉浦く… 杉浦さんも飲んで」
「はい。いただきます」
「今、杉浦君って言おうとした」
「やめてくださいって」
「うわあ。三年ぶりです『おーいお茶』飲むの。おいしい」
「おいしいのよ、伊藤園やるなって感じ?」


「ヤな空気充満してるよ。突破するのは誰かな」
「どうですか? この下宿。気に入りました?」
「ええ。明日香ちゃんから写メは貰ってたんだけど、やっぱりジカにみると、ちがいますね」
「古いでしょ」
「でも、3年もボストンにいたから、新鮮です」
「暮らせそう?」
「もちろんです!」
「そ。よかった」


「小林、行けよ」
「ボストンは!」
「はい」


「…何があるの?」
「ザックリした質問だなあ」
「大学が多いですね。アメリカでは古い方の街なんです」
「松坂、いたんでしょう?」
「いましたね」
「どんなヤツ? 松坂」
「会ったことはないので…」
「そうだよね」


「松坂のリハビリさあ、うまくいくといいね」
「そうですね」


「松坂がね」
「松坂の話はもういいよ。あのさ」
「はい」
「もう一つ、別の方法で確認したいことがあるんだけど、いいかな」
「別の方法?」
「そう。さっきとは別」
「あ、はい… 何を…」
「怒ンないでね」
「え? あっ」
「ご、ごめんなさい杉浦さん! ちょっとリズさん。どこ触ってるんですか!」
「小林。間違いないわ。胸いじってる」
「ちょっと麗子さん!」
「ごめんなさいね」
「あ、はい…」
「ホントにごめんなさい」
「大丈夫です。ある程度覚悟して来ましたから」
「ホントはもう一カ所の方行った方が確実なんだけど、ほら、もし有った時に、大変なことになるでしょう?」
「やめてくださいよ」
「リンゴ、食べてください」
「いただきます… おいしい!」


「明日香ちゃん!」
「浩美先輩?… 浩美先輩!」
「うん」
「やっと会えた! 久しぶり、先輩! うれしい、浩美先輩だ! 浩美先輩だ… 浩美… 先輩だ…」


「…えっ… 浩美先輩? 浩美先輩…」
「どう?」
「どうって?」
「明日香ちゃん! あたしね、女の子の体になったんだ!」


「へぇっ?… へぇっ…」


「さあ、面白いことになってきた」


○同日・十分後ぐらい

「明日香ちゃんは、全然知らなかったのかい?」


「明日香ちゃん…」


「とりあえず、写真は返しておくわ」


「ダメだ。完全にほうけてら」
「しょうがないかも知れないけど。こんな振られ方したんじゃ」
「ちょっと。あんた何言ってるの。まだ振られたかどうかわかんないじゃない」
「えっ… だって…」
「今判明してるのは、明日香の憧れの男が、女の体になって帰って来たってことだけなんだよ」
「うん…」


「それで充分でしょう!」
「いや、充分じゃない」
「どうして」
「向こうの恋愛の趣味が、どのタイプに属するのか、分からないじゃない」
「どのタイプ? 恋愛の趣味が? どういうこと?」
「あんた年の割りには世間知らずだから、説明してあげよう」
「うん」
「恋愛にはいくつかのパターンがある。これは理解できるね」
「うん、なんとなく出来る」
「一応整理しておくと、その1!『男と女の恋愛』その2!『男と男の恋愛』その3!『女と女の恋愛』大きく分けると、この三つだ」
「ええっと… そうだね」
「あんたはどれ?」
「男と女のパターンだよ。麗子さんは?」
「なんで人にそんなこと言わなきゃならないのよ」
「えっ… オレには聞いたじゃない」
「あんたはぼんやりしてるから、うっかりしゃべるだろうと思ってね」
「ぼんやりって…」
「いいかい。こういうのは、非常にデリケートな問題なんだ。それで悩んで死んじゃう人だっているんだよ」
「そうなんだ」
「毎週、その手の悩みを占いに来てた人がサ」
「麗子さんのところに?」
「リズって呼びな。あんたさっきから麗子麗子って」
「リズ…さん… 違和感あるなあ」
「で、何の話だっけ?」
「だから、毎週占いに来てた人」
「ああ、そうそう。その人が、やっぱり自分の恋愛趣味について悩んでてさ。ある日突然、ぱたりとこなくなったと思ったら、その人、亡くなってたんだよ」
「へえ… え、でもリズさんはその人の名前も住所も知らないんでしょ?」
「まあ、基本、占い師に自分の氏素性を告白するヤツはいないからね」
「どうしてその人が亡くなったってわかったの? あ、家族の人が報告に来たとか?」
「いいや」
「じゃあ、友達とか?」
「いいや。毎週占ってもらってたことは、誰にも言ってなかった」
「じゃあ、どうして亡くなったってわかるの?」
「亡くなったあとにさ、本人が報告に来たの」
「えっ…」
「自殺だったんだよ。それで、『すいません、この道を選んでしまったので、もう占ってもらうこともありません』ってさ」
「本人が?」
「本人が。つーか正確には、本人の霊魂だけどね」
「いっ?」
「それで、恋愛の趣味は、まだ細かく分けられるんだ」
「あ、そうなの」
「たとえば、『男と女の恋愛』でも、実は同性愛と、異性愛に分けられる」
「…どういうこと?」
「一番多いのは、男と女で異性愛」
「ああ、ノーマルなやつね」
「あんたね。ノーマルなんて言ったら、場合によっちゃぶっ飛ばされるよ」
「どうして?」
「ノーマル以外の人を、アブノーマル扱いしてることになるからだよ」
「…はあ…」
「異性の恋愛はヘテロとかストレートって言うの」
「だけど、男と女は異性に決まってるんでしょ?」
「外見はね。でも、ちがうかもしれない。男の方が男の見た目だけど、心が女だった場合、見た目は男と女だけど、心は女同士の同性愛。同じように女の方が女の見た目だけど、心は男だった場合、見た目は男と女でも、男同士の同性愛。男が見た目男で心が女、女が見た目女で心が男だった場合は、見た目は男と女でやっぱり異性愛。ただ、見た目と中身が逆。わかる?」
「もう無理」
「見た目が男同士と女同士についても講義しようか?」
「やめといて。頭、爆発する」
「じゃあ、具体論に移ろうか」
「ねえ、なんでリズさんはそんなに詳しいの?」
「昔、大学の講師だったことがあってさ。この手の授業も何コマか持ってた」
「えっ? 占い師の前は、ペットのトリマーだったんじゃないの?」
「その前だよ」
「リズさんて、何者なんですか。で、具体論て?」
「この状況で、明日香の恋愛が成就するパターンには何があるか」
「もう無いでしょう。この状況は。ひとごとながら、あんまりな状況だもん」
「いや、無いではない」
「あるの?」
「考えてみよう。まず、あの浩美って子は、わざわざ女の体に作り替えたんだから、心はまず女と思って間違いない」
「そうだね」
「一方、明日香は、今のところ同性愛ではない」
「うん… えっ、今のところってなに」
「可能性があるとすれば、浩美が心は女でも恋愛は同性愛者であり、同性愛者として明日香をスキになる。明日香ももともとは異性愛者だけど、同性愛を受け入れる。このパターンだけだね」
「明日香ちゃんが同性愛者に? それはないでしょう」
「いや、愛の力はそんなに単純なものではないかもしれないよ」
「そうかなあ… 明日香ちゃんが同性愛者にねえ…」


「あっ! いけね! 明日香ちゃんいるんじゃん!」
「聞こえてないよ」
「明日香ちゃん! 明日香ちゃん!」
「あ、小林さん」
「明日香ちゃん… 今の話、聞いてた?」
「今の話? なに?」
「ホントだ。聞いてねえや」
「二階はだいたい、ああいう感じです」
「はい」
「じゃあ、今度は洗面所とお台所とお風呂の説明しますからね」
「お願いします」


「こっちよ」
「あ、はい」
「ねえ、明日香ちゃん。明日香ちゃん!」
「明日香ぁ!」
「あ、はい」
「明日香ちゃんさあ」
「うん?」
「全然知らなかったの? 浩美君の手術のこと」
「全然知らないよぉ」
「メールでも、一言も?」
「一言もなかったよ」
「日本にいる頃も、そんなそぶりなかった?」
「そんなそぶりって、どんなそぶり?」
「必死に隠してきたんだな」
「ああ! もう! 混乱して、気持ちが整理できない! 小林さん!」
「えっ… なに?」
「こんな振られ方って、ある?」
「さあ…」
「経験ある? 好きな女性がいきなり男になってた」
「無い無い」
「フランシーヌさんは?」
「リズ」
「え?」
「今日から、あたしのことはリズって呼んで」
「どうして?」
「今夜から占いの場所を変えるの。それでせっかくだから、今日からフランシーヌからエリザベスに名前を変えることにしたんだわ。だけどエリザベスは長いから、リズ。リズって呼んで」


「混乱材料が、また増えたぁ」
「あたしはこの手のこと、経験無いではないよ」
「!」
「あたしが、おなべバーやってたとき、惚れられた女がいてさ」
「…なにやってたって?」
「あたしが、おなべバーやってたとき」
「おなべバーって何?」
「女なんだけど、男の格好してる人がやってるバー。おかまバーの逆」
「小林さん、そんなとこいくの?」
「いや、時々乗せるお客さんに、何人かおなべさんがいるから知ってるの。リズさん、いつそんな商売してたの?」
「大学講師とトリマーの間」
「謎、多いなあ」
「そのころ、あたし目当てに通ってくる人妻がいて。もう夢中になられちゃってさ。家庭崩壊寸前。でも、あたしの場合は『職業おなべ』だったから、離婚されても受け入れられないからさ」
「どうしたの?」
「正直に言ったさ。『あたし、こんな格好してるけど、これは商売でさ。男が好きなんだわ』って」
「どうなったの?」
「果物ナイフで脇腹刺された」
「!」
「!」
「ここんとこ。傷跡みる?」
「見ませんよ!」
「だから… ね… 明日香もへこたれずに頑張りな」
「参考にならないですよぉ!」
「お風呂は、だいたい8時には沸かすようにしてます」
「入る順番は? 決まってるんですか?」
「うん。うちの場合は時間が不規則な職業の人ばかりなので、特に決まってはいません。ま、あ・うんの呼吸ってやつかな」
「わかりました」
「たとえ、お風呂が沸いてなかったとしても、シャワーは二十四時間、いつ使っても大丈夫」
「はい…」
「あと、お食事なんだけど」
「えっ、あ、はい」
「うちは一応、賄い付きです」
「そう聞いてます」
「なんだけど、さっきも言ったけど、時間が不規則な人が多いので、時間を決めて食事はしません」
「はい」
「私が、だいたい朝の7時と、夕方の6時に大皿料理とご飯なんかを用意しておきますので、好きな時間にあっため直して、あっちの食堂~つったって大したところじゃないけど~勝手に食べちゃってください」
「逆に助かります」
「で、食べたら、横のノートの『食べた』にチェック! 一回200円。毎月徴収します」
「なるほど」
「食べたら、食器は洗ってしまっといてね」
「わかりました」
「さてと、一休みしますか。座って」
「はい。失礼します」
「お茶、もっと飲む?」
「いえ」
「そう。じゃあ、私は買い物に行ってきますね」
「あ、リズさ…」


「えーっと…」


「…あっちいこうかなあ」


「…僕は、あっちに行くべきだと思うんだ… うん」


「…あっ! なんか眠い! やっぱ非番は眠い!」


「眠い! 眠すぎる! 断然眠いから、ガンガン寝るゾォ!」


「明日香ちゃん」


「ただいま」
「…お帰りなさい」
「いい下宿を紹介してくれて、ありがとう」
「いや」


「賄いがついてるって、すっごくありがたいの。医学部はホラ、時間がないから」
「…」
「作ってる暇ももったいないし。外食は高いし」
「…」
「今日、このあと時間あるんでしょう?」
「…」
「下宿の周り、案内してくれるんだよね」
「…」
「約束したでしょう? 覚えてる?」
「…」


「びっくりしたよね」
「びっくりしました」
「だよね」
「どうして言ってくれなかったんですか」
「ごめんね」
「どうして一言相談してくれなかったんですか」
「…相談か…」


「ごめんなさい」
「ひどいですよ」
「…」
「ひどいですよ。勝手に!」
「…」
「…勝手にそんなことしちゃうなんて…」


「やっぱり、一つ屋根の下に暮らすのは、抵抗ある?」
「…そんなことないけど」
「そんなことないけど?」
「そんなことないです」
「…そう… だったらよかった。あたし、荷物の整理してくるね。本格的に荷物が届くの、あしたなんだけどさ」


「浩美先輩!」
「なに?」
「歩きやすい靴、持ってきてます?」
「スニーカーあるけど。なに?」
「一休みしたら、スニーカー持って、下りてきてください。下宿の周り、案内します」
「…ホントに?」
「…約束だから」
「…わかった。ありがとう」

○同日・夕方

「ああ、もうこんな時間だわ。ええっと… 小林さんは、まだ寝てる。リズさんは… もうすぐ仕事っと。明日香ちゃんと浩美ちゃんはどこ行ったんだろう」
「あたし、ちょっと寝ちゃった」
「そりゃ、しょうがないですよ。これから夜遅くまでお仕事なんですから」
「浩美と明日香は?」
「さあ… あたしが買い物から帰ってきたら、もういなかったみたいですね」
「早速デートかな」
「どうなんでしょう、それは」
「やっぱり、女同士には抵抗ある?」
「というか、なんかあたしまだ混乱して。あ、お食事できてますから、いつでも」
「それにしても、あの浩美って子、いい女だわ」


         〜③に続く

お久しぶりです〜再び。物語を載せてみます。 [舞台]

ご無沙汰しています。
ほぼ、一年ぶりの更新です。

今回は、舞台の脚本の会話改訂版を載せてみます。

この舞台は、2011年の8月に上演された、シアターまあの第二弾の舞台の台本です。

もとは舞台の台本ですが、これはそれを改訂しています。
もともとの台本にあったト書きはすべてカットしています。会話だけです。

登場人物の誰の会話なのかを、予想しながら読んでください。

わかりにくいかも知れませんが、やってみたかったので、やってみます。

震災後の舞台です。

この舞台では、「普通を手に入れるために、生涯をかけた決断をする女の子と、その決断に納得が行っていなかった女の子が、理解する物語です」

当時、「普通を手に入れるために、どんな思いをしていたのか」ということを思って書きました。

読んでみてください。

妹尾



「ホントウの間柄」その①

登場人物
○野本明日香(ラジオAD)     (23)
○杉浦浩美(医大生)        (24)
○有藤波子(田中荘管理人)       (35)
○小林高弥(個人タクシー運転手)    (40)
○エリザベス麗子(占い師)       (41)



○夏・正午近く

「あ、フランシーヌさん。おはようございます」
「おはよう。昨日言わなかったっけ?」
「何を?」
「今日から、あたし、エリザベスって名乗ることにしたって」
「聞いてませんよ」
「じゃあ、言ってないんだ。あのね、今日から私はエリザベス。エリザベス麗子。リズって呼んで」
「リズ…」
「エリザベスはリズなんだよ」
「なんでまた?」
「エリザベスの頭のエと、お尻のベスを取って残りがリザ。リザ、リザ、リズァ、リズァ、リズ。ほら、リズ」
「そうじゃなくて。なんで今日から名前を変えるのかなあって…」
「今夜から河岸を変えるのよ。新宿から渋谷」
「ああ」
「新宿は最近幸薄いやつが多くなっちゃってさあ。時代かねえ。占っててもこっちがズーンと落ち込んじゃうんだよね」
「あー」
「だからショバ、渋谷に変えようかなって。バカが多いから楽だし」
「占い師も大変なんですね」
「身を削る思いよ」
「でも、なんでエリザベスなんですか?」
「リズね。ほら、死んだじゃん。エリザベス・テイラー。追悼よ追悼」
「なるほど。ハリウッドの大変な美人女優でしたっけ?」
「昔一回、似てるって言われたことあるんだ」
「……」
「なに?」
「いえ」
「納得行かないって顔してる」
「してません」
「ならいいんだけどね」
「…ふう」
「お茶もらうよ」
「あ、どうぞ」


「リズさん」


「リズさん… リズさん!」
「やだ、あたしのこと?」
「リズって呼べって言ったのそっちじゃないですか」
「馴れてないからさ。メンゴメンゴ。何?」
「夕べはあのあと、ずいぶん飲んだんですか? ここで。明日香ちゃんと」
「飲んだ飲んだ。あいつぁ、うわばみだね。ザル」
「しかも、夕べは明日香ちゃん、機嫌がよかったから」
「ねえ。あんなにウキウキした明日香見たの、久しぶりだわ。初めてかもしれない」
「そりゃそうですよ。子供の頃からの憧れの男性と、今日から同じ屋根の下で暮らすんですから」
「まあね」
「どんな人なんですかね。聞きました?」
「聞いた聞いた。5回ぐらい聞かされた。明日香のやつ、同じ話ばかり何回もするんだよ。ひょっとしたらあいつ新橋のリーマンかもしれない」
「新橋のリーマン?」
「新橋のリーマンって、酔うと『同じこと何度も言うマン』に変身するんだよ」
「その先輩って、どんな人だって言ってました?」
「もう絶賛の嵐よ。背が高くて? ハンサムで? 柔道部の主将で? 医大生で? やさしくて? あたしの理想の男性だって」
「へえ。誰かに似てるとか?」
「チャン・グンソク」
「すごーい」
「軍手じゃないよ」
「は?」
「スルーしていいよ」
「はい」
「でも、同じ下宿で間違いを起こさなきゃいいけど」
「そんな、明日香ちゃんはそんな子じゃないでしょう」
「ノンノン。あたしと彼とが」
「そこは自重してくださいよ」
「どうする? グンソクが、小柄の年増が趣味だったら」
「知りませんよ。この下宿で変なことしないでくださいよ」


「あ、おはようございます。小林さん」
「おはよう。フランシーヌさんもおはよう」
「リズって呼んで」
「え?」
「今日から私は、エリザベス麗子」
「エリザベス麗子? なんで?」
「あとで説明します」
「別にいいよ」
「あれ? 小林さん、今日は非番にするんじゃなかったんでしたっけ?」
「うん。非番」
「いいわねえ。個人タクシーは。自分で勝手に休みが決められて」
「占い師は自分で決められないんですか?」
「曜日で場所決まってたりするからね。休むと仲間からしかられる」
「ふーん」
「どうしたんですか? まだ寝てる時間でしょう?」
「明日香ちゃんに頼まれたんだよ。駅まで、例の先輩を迎えに行くから俺の車出してくれって。明日香ちゃんは?」
「まだ寝てます」
「なんだよぉ。人にお迎え頼んどいて、寝坊かよぉ」
「あたしが夕べ潰しちゃったからね。酒で」
「明日香ちゃん、お酒強いんでしょう? ザルだとか言ってましたよね?」
「あいつがザルなら、あたしは枠。枠だけ。網もないから、ストーンと酒が入っていく」
「なんだか聞いただけで酔ってくる」
「おーい! 明日香チャーン! 起きないのかぁ?」


「しょうがないなあ。時間あんまりないんだよ。彼、もう駅に着いちゃうよ」
「明日香ちゃんいないと、どの人か分からないですもんね」
「それは大丈夫なんだよ。顔写真借りてるから」
「うそ! 写真持ってるの?」
「うん。明日香ちゃんに借りた」
「バカ。なんでそれを先に言わないの!」
「言う時間なんてあったっけ?」
「さあ! 写真! とっとと出す!」


「うわぁ… これはハンサムだわ」
「ハンサムなんだよ」
「背が高そうだ」
「高そうなんだよ」
「顔、ちっちゃ」
「ちっちゃいんだよ」
「本当に柔道部?」
「見えないんだよ」
「でも、医大生っぽいかも」
「ぽいんだよ」
「医者になったらあたし見てもらう。というか、全身見せちゃう。ガバッと開いて」
「医者も大変だ。患者選べないから」
「おい」
「イテ。じゃあ、ちょっとオレ、迎えに行ってくるわ」
「あ、ちょっと待って。もっかい写真見せて」
「え? ああ、ハイ」
「なに、リズさん。占えるの?」
「エリザベス麗子をナメるなよ」


「あっ… えっ?」
「なに?」
「いや、何でもない」
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」


「どうかしたんですか? リズさん」
「まさかなあ…」
「ふわあ…」
「あ、明日香ちゃん。おはよう」
「うん」
「大丈夫?」
「うう。ダメかも」
「おやおや。大好きな男と会えるからって、そんなにめかし込んで」
「まだパジャマですよ! ああ、頭がガンガンする」
「そんなに飲んだの?」
「飲まされたんです。前祝いだとか言われて」
「途中であんた、なに飲んでるか分からなくなってたでしょう?」
「なんで?」
「だって、途中からあたし、焼酎水で割るのやめたんだもん。なのに、あんたクイックイッて行くんだから。おもしれーと思って。きっとベロなんかバカになっちゃってたのね」
「小林さんは?」
「ああ、もう例の杉浦君? 迎えに行ったよ。明日香ちゃんおきねーのかとかブツブツいいながら」
「まずい! もうそんな時間か。酒抜かなきゃ。こんな顔、見せられない」
「百年の恋も冷めるってやつだわ」
「波子さん。お風呂沸いてないよね」
「さすがにこんな時間には沸いてないわ」
「だよね。シャワーでいいや。浴びてくる」
「はーい」


「リズさん、お茶もういいですか?」
「ああ、いいよ」
「明日香ちゃんをあんまりおもちゃにしないでくださいよ」
「だけど、散々のろけられたんだよ! 夕べ。途中から、あたしムカッとしちゃってさあ」
「そんなにのろけられたんですか」
「そうだよぉ。もう、結婚式前日の花嫁みたいにはしゃいでなぁ」
「よっぽどうれしいんですね。会えるの」
「あたしより先に行こうとするヤツは全員勘弁しない。明日香さあ、杉浦君? その子がここに住むことになったら、チャンスを見て、絶対アタックするんだってよ」
「アタックって、告白するってこと?」
「そう。とんでもないだろ?」
「とんでもなくはないと思うけど」
「ふてえアマだよ」
「言い過ぎ」
「『学生時代の私はどうかしてた。それとなく浩美先輩に気があるようなフリをして、向こうから持ちかけてくるようにしむけてた』だって」
「へえ」
「『それが間違いだった。こっちからガンガン行くべきだった』とか言っちゃって。アメリカに留学されたときには相当後悔したみたいだ」
「そうなんだ」
「そうそう。こんなことも言ってた。『あたしにはわかる、先輩も絶対に、あたしに惚れてたはず。少なくとも、憎くは思ってないはず。あれ、行ってたらいけたな』だって」
「明日香ちゃん、プラス思考だから」
「無鉄砲ともいうけどね」
「留学って3年間でしたよね」
「3年間」
「連絡とか取り合ってたのかしら」
「メールでは連絡してたみたいだね」
「ああ、そうか。それでここの下宿を紹介することになったのか。ちょうど一部屋開いてたからよかったですよ」
「よくないよ。恋が成就したらどうするつもり?」
「祝福して上げればいいでしょう」
「言ったでしょう。あたしより先に行こうとするヤツは勘弁しないって」
「世の中にはリズさんの先を越す人は多いでしょう」
「日に日に、どんどん人数増えていくのよ。やだねえ。嫌い」
「じゃああたしも? あたし、先越しましたよね」
「あんたは確かに一回先を越したけど、帰って来たからいいの。許す。よく帰って来た。偉いぞ」
「ほめられたくないぃ」
「絶対に邪魔してやる」
「そんな」
「ただ… ね。もしかするとその必要はないかもしれない」
「ん?」
「さっき顔写真見たとき、ちょっと変なものを感じたんだよね」
「変なもの? なんですか?」
「それがなんだかよく分からないんだけどさ。小林が帰って来たら教えて」
「わかりました」


「変なの…」

○同日・正午過ぎ

「ただいま…」
「ああ、小林さん。お帰りなさい、早かったんですね。リズさぁん! 小林さん帰って来ましたよ! …あれ? 小林さん一人? 会えなかったんですか?」
「いや、会えた…」
「どこにいるんです?」
「今、トランクから荷物下ろしてる…」
「彼、どこ?」
「それが…」
「どうしたんです?」
「あ、不細工になってた? 目茶苦茶デブになってたとか?」
「いや… たしかにこの人に間違いないんだけど… ああ! こっちです!」
「初めまして。お世話になります。杉浦浩美です」
「!」
「!」


                            〜②に続く

久々の更新ですが… [舞台]

ご無沙汰しています。

妹尾でございます。

久々の更新でこんなことを書くのは非常に心苦しいのですが、一部で発表していた、来月2月のシアターまあ第5弾公演を、今回中止することにしました。

原因は、僕自身のスランプです。

楽しみにしていたみなさんには大変申し訳ないと思っています。

早くスランプから脱出できるように頑張っていきたいと思っています。

重ね重ね、楽しみにしていたみなさんにはお詫びしたいと思います。

ごめんなさい。

妹尾匡夫

「肩たたき券はドコに消えた」台本~続き [舞台]

(続き)

勝男 「こんばんは!」

   大きな声。

弥生 「やっと男の客が来たかと思ったら、大声勝男かよ」
勝男 「ご挨拶だな。毎日のようにこの時間にくるだろ、オレ」
妙子 「あんたの大声が聞こえると『ああ、店が始まるんだ』って思うよ」
勝男 「妙子さん! いつものように、オレにノンアルコールビールを一つ!」
妙子 「仕事前に飲むのはあんたぐらいだよ」
勝男 「ノンアルコールだからいいでしょう」
佳代 「それにしても、あいかわらずでかい声だね」
勝男 「このでかい声があるから、塾でも評判がいいんだよ。オレだけだもん、塾でマイク使わないで教えてるの」
妙子 「アンタみたいに、高校時代たいしたことないヤツに教わってるヤツが不憫で仕方がないよ」
勝男 「オレがたいしたことなかったのは高校時代でしょう? オレが教えてくるのは、小学生だもん」
弥生 「はい、ビール」

   目の前のグラスを一気に半分ほど飲み干して、

勝男 「くわぁ! 染みるなあ! ノンアルコールビール最高! まさみ、お酌してくれる?」
まさみ「店に来な」
勝男 「先輩に、つれない返事じゃねえかよ」
弥生 「後輩がキャバ嬢になるってどんな感じなんだろう」
勝男 「しかも、生まれたところも隣同士」
みはる「え、隣同士だったの?」
まさみ「そ」
弥生 「不思議な関係だよね」
勝男 「まさみは、高校時代から『末はキャバクラ』って感じだったんだぜ」
まさみ「変なこと言うな」
弥生 「どういうこと?」
勝男 「テストの点が悪かったときにさ、先生をたらし込んで少しでも点数を上げようとしたりしてさ。うまかったよな」
まさみ「まあな。悪い点数もって帰ったら、お袋がうるさかったからだよ」
勝男 「まさみのお袋、怖かったもんなあ。オレ、平気でぶたれたもん」
まさみ「あんたが隣の家で声がでかすぎるからだよ。小さいアパートだから筒抜けでさ」
弥生 「どんなことどなってたの?」
まさみ「それが、くだらないから始末に終えない」
弥生 「くだらない?」
まさみ「『なんだよ! 糞が大きすぎて! 便所流れないんだけど!』飯時にだよ」
勝男 「でも、まあ、芸は身を助ける。先生を手玉にとってた方法で、今ではナンバーワンだろ?」
まさみ「まあな。でなきゃ、この歳でキャバやってないっつーの」
みはる「まさみさんの親父転がしは、一種達人の域ですもんね」

   そこに、次郎入ってくる。

次郎 「こんばんは」
妙子 「おっ、信用金庫」
次郎 「ちゃんと名前で呼んでくださいよ」
妙子 「悪い悪い、次郎ちゃん」
次郎 「今日は新しい子も連れてきたの。入れば?」

   奈美も入ってくる。

奈美 「どうも」
妙子 「いらっしゃい」
次郎 「島村奈美ちゃん」
奈美 「島村奈美です」
妙子 「ああ、そう。新しい子?」
佳代 「なに、信用金庫の新入社員?」
次郎 「新入社員というか、もう半年近くたつけど。このスナックの常連だっていったら、来てみたいって言うから、連れてきちゃった」
奈美 「よろしくお願いします」
次郎 「別に普通だろ? 喫茶店て言われりゃ喫茶店だし。定食屋って言われりゃ、定食屋だし」
佳代 「なんだいそりゃ」
妙子 「まあ、なんでもいいんだけどね」
奈美 「へえ、そうなんですね。これがスナックかあ」

   三人、とまり木に座る

次郎 「弥生ちゃん。いつものセット」
弥生 「はーい」
次郎 「紹介しよう。こちらがママの妙子さん」
妙子 「よろしく」
次郎 「店の女の子の弥生ちゃん」
弥生 「弥生です」
奈美 「初めまして」
次郎 「ママの昔からの友達の佳代さん」
佳代 「初めましてだよね」
次郎 「で、そこのコンビニの女将さんのさとこさん」
奈美 「あ、あたしよく行きます。あそこ」
さとこ「どうも」
次郎 「店大丈夫なの?」
さとこ「大丈夫じゃないから、見に来たんだよ」
次郎 「ああ、ダンナ張ってるんだ」
さとこ「そう」
次郎 「さとこさんのダンナの隆志さんてのも常連なんだけど、しょっちゅう店をさぼってるから、時々さとこさんが覗きにくるんだよ」
奈美 「へえ」
次郎 「そんでもって、あそこに座ってるのが、まさみとみはるちゃん。商売言ってもいい?」
まさみ「いいよ」
次郎 「キャバクラのキャバ嬢。まさみは、もう十年ぐらいやってるんだっけ?」
まさみ「十二年。ほっとけ」
次郎 「これで全部かな」
勝男 「おい!」
次郎 「あ、勝男、居たのか」
勝男 「目が合っただろうが! どうも!」
次郎 「声でかいだろう? 高田勝男。オレの高校大学の同級生」
勝男 「高田勝男です!」
奈美 「島村奈美です」
勝男 「奈美ちゃんか。奈美ちゃんは、この店に一番欠けてるものをもってる!」
次郎 「なんだよ」
勝男 「若さ!」

   女子たち、順番に『カッチーン』とつぶやく

勝男 「うわあ、完全アウェー」
妙子 「自業自得だっつーの」
次郎 「こう見えても、塾の先生なんだぜ。信じられないだろ」
勝男 「小学生のアイドルです」
妙子 「あんた、もうすぐ夜の授業始まるんじゃないの?」
勝男 「あ、ホントだ」

   勝男、残ってるビールを飲み干して、

勝男 「じゃあ今晩もかましてくる!」
奈美 「大丈夫なんですか」
勝男 「なにが!」
奈美 「これから塾なのに、ビールなんか呑んだりして」
勝男 「ノンアルコールビール! 妙子さん!」
妙子 「なんだい」
勝男 「ノンアルコールビールって、考えてみれば、我々塾講師のためのドリンクかもしれないね」
妙子 「絶対ちがうけどね」

   勝男、はけながら、

勝男 「では、行ってきまーす!」

   まさみも立ち上がって、

まさみ「あたしは店もどろうっと。(みはるに)あんたは?」
みはる「あたしも行く。夜から専門学校だし」
まさみ「あんたも大変だね」
みはる「じゃあ、またきまーす」

   まさみとみはるもはけていく。

弥生 「あーあ、また二人、注文無しだよ」
妙子 「いいんだよ。休憩所代わりにしてんだろ」
佳代 「商売っ気ないねえ」

   その頃には、次郎の前にはセットがそろっている。(焼酎とグラス、氷など)

妙子 「あなたは? ビール?」
奈美 「あ、あたしは焼酎ロックで行きます」
佳代 「おや、みかけによらず、行くのね」
奈美 「お酒、大好きなんです」
妙子 「気に入った。あたしの一番嫌いな言葉はね『とりあえずビール』ってやつなの」
奈美 「そうなんですか?」
妙子 「そうよ。『とりあえず』なんてビールは、うちには置いてないっつーの」
佳代 「お酒に失礼だっていうのよ。変わってるでしょう」
さとこ「ねえ、妙子さん。うちの人、来ないね」
妙子 「来るって。顔出さない日ないんだから」

   そこに入ってくる隆志。

妙子 「ほら来た」

   入ってくる隆志、そのままさとこに気づいてあわてて出ようとする。

さとこ「待ちなさい!」
隆志 「はい」
さとこ「ここに座って」

   さとこ、隆志をシートに座らせる。自分も座って、

次郎 「いいところに居合わせたね」
奈美 「なんなんですか?」
次郎 「スナック面細工名物、夫婦喧嘩」
奈美 「名物?」
妙子 「やなものが名物だよ」
さとこ「あんた、うちの商売は何なんだかわかってるわよね」
隆志 「そりゃあ、おめえ、コンビニじゃねえか」
さとこ「そうよ。正確に言うと、コンビニエンスストア、ね?」
隆志 「コンビニエンス、ストアだよ」
さとこ「確かにコンビニになる前は、町のたばこ屋だったよ」
隆志 「そうよ」
さとこ「たばこ屋にいるのは大抵おばちゃんだ。たばこ屋のおじちゃんなんてのはなかなかいない」
隆志 「そうだよ。オレの母ちゃんだって、たばこ屋のおばちゃんだったけど、親父はたばこ屋のおじちゃんとは言われてなかった」
さとこ「たばこ屋のおじちゃんなんてものは、たばこの煙みたいに、あっちへプカプカ、こっちへプカプカしてたって、商売はなんとなく成り立ってたもんさ」
隆志 「そうかな」
さとこ「そうでしょう。お父さんだって、隠居するまでプカプカしてたじゃない」
隆志 「そういわれればそうだな。つーか、隠居してもプカプカしてないか?」
さとこ「だからといって、たばこ屋からうちのたばこ屋に養子に入ったあんたもあっちへプカプカ、こっちへプカプカ、ノンビリ風のまにまに漂ってて良いわけじゃないの」
隆志 「そうだな」
さとこ「昔はね、世の中の大抵の男たちはタバコ吸ってたの。だから、ほとんどタバコだけでも生活が成り立ったの。でも、今の世の中、タバコを吸う人間はどんどん減る一方なんだ。だからコンビニに商売替えした。わかるよね」
隆志 「わかる」
さとこ「いーや。わかってない。うちはもう5年も前からコンビニなんだよ。コンビニってどういう意味か知ってる?」
隆志 「そりゃあ、お前、あのう、なんだ、ずーっと開いてるとかそういう意味じゃないの?」
さとこ「コンビニエンスってのは、便利って意味なんだよ」
隆志 「それを言おうと思ってたんだよ」
さとこ「うちは今、便利かい? レジの列にバーッとお客さんが並んでて、便利かい?」
隆志 「便利じゃない」
さとこ「不便だよ。じゃあ、コンビニじゃないじゃないか」
隆志 「じゃあ、なんていえばいいんだ?」
さとこ「え?」
隆志 「不便って、英語でなんて言うんだ?」

   さとこ、考え込んで、

さとこ「知らないよ」
奈美 「インコンビニエンスです」
さとこ「え?」
奈美 「不便は英語でインコンビニエンスです」
さとこ「だってさ」
隆志 「だったら、うちはインコンビニエンスストアか。略すとなんだ? インビニか?」
さとこ「インビニ? …そんなこと言ってるんじゃない! だいたいインビニなんて、そんな隠微な名前で商売がなりたつかい? 明るさが足りないだろう!」
隆志 「インビニ弁当…、インビニのおにぎり…、インビニにたむろする… 確かに、陰にこもった感じするな」
さとこ「余計なこと言ってないで、行くよ」

   さとこ、隆志の首根っこを捕まえて出て行く。

佳代 「ありゃ、相当しぼられるな」
弥生 「首根っこ捕まえるって言葉あるけど、ホントにやってる人はさとこさん以外みないわ」
次郎 「どう? スナックって、来てみて」
奈美 「面白いですね」
次郎 「あーゆー、夫婦喧嘩なんかも見られるところが、こーゆースナックのいいところなんだよ」
弥生 「あの夫婦はいつも喧嘩してるけどね」
次郎 「いいかい、我々信用金庫というのは、地元に密着してこその金融業なんだ。こうゆうところを見ておくのも、社外勉強としても大切なことだ」
奈美 「このお店にも融資してるんですか?」
次郎 「もちろんだよ。ねえ、ママ」
妙子 「いつもお世話になってます」
次郎 「オレなんか、もう十何年かの常連だもんね」
妙子 「そうねえ、次郎ちゃんの色々な姿を見てきたもんねえ」
奈美 「どんな姿を見てきたんですか?」
妙子 「大学時代から通ってたっけ?」
次郎 「そうね。まずは先輩に連れられて」
妙子 「それ以来、部活のラグビーで勝ってはここで宴会、負けてもここで残念会。勝男が居たからいつもうるさくてさあ」
次郎 「あいつは声がでかすぎるんだよ」
妙子 「恋愛してるのも見てきたし、失恋も知ってるし」
次郎 「哀しい過去ですよ」
奈美 「古賀次長、持てるんですね」
妙子 「持てるんじゃなくて、大抵次郎ちゃんの方からアタックしてるんだけどね」
弥生 「奈美ちゃんだっけ? あんたも気をつけた方がいいよ」
次郎 「そんなに誰彼かまわずアタックしたりしないよ」
妙子 「そうかな、天性のアタッカーだったと思うよ」
次郎 「そんなでもないって」
妙子 「あたしが覚えてるだけでもさあ、5人は居たよ」
次郎 「うそだよ」
妙子 「いつもこの店に連れてくるから、すぐわかる」
弥生 「あー、奈美ちゃんもやばーい」
次郎 「そんなんじゃないって。奈美ちゃん、勘違いするなよ」
奈美 「あ、はい。大丈夫です。あたし、つきあってる人いるし」
次郎 「えっ、そうなの?」
弥生 「あー、明らかに、あてがはずれたって顔してる」
次郎 「してないよ」

   ちょっと間があって

次郎 「奈美ちゃん」
奈美 「はい」
次郎 「そろそろ帰ろうか」
妙子 「おい!」
次郎 「はい」
妙子 「振られたからって、早すぎ」
次郎 「すいませーん」

   暗転


さてさて、ここからどんな物語が始まっていくのでしょうか。

それは舞台でのお楽しみに。

9月19日~23日 下北沢駅前劇場です。まだまだチケット余裕があります。当日券でもごらんになれます。

沢山の方々、いらしてくださ~い! 

「肩たたき券はドコに消えた」台本紹介 [舞台]

シアターまあ恒例(といっても前回からですが)

導入部の台本を公開しちゃいます。


舞台は古いおもむきのスナックです。


   明かりはいると、そこはスナック「面細工(もざいく)」
   カウンターととまり木。その脇にシート席がワンセット置いてある。
   わりと年代を感じさせるスナックではある。
   カウンターには奥に入る出入り口がある。
   店の出入り口は上手。
   下手にはトイレの入り口もある。

   そこに入ってくる佳代。

佳代 「おたえ! おたえ! いないの?」

   反応がない。シートに座る佳代。

佳代 「ホントにいないのかな。おたえ!」

   奥から、妙子が入ってくる。

佳代 「なんだいるんじゃん」
妙子 「いるよ、自分の店なんだから」
佳代 「まだ外明かり入ってなかったよ」
妙子 「うそ、もうそんな時間?」

   佳代、時計を示す。

妙子 「ホントだ。もうこんな時間」

   妙子、入り口を一旦出て、再び入ってくる

佳代 「ホントに商売っ気ないんだから」
妙子 「なにこんな時間じゃない。ダンナと息子にご飯作らなくていいの?」
佳代 「今日はいいの。ダンナは出張。息子はバスケの合宿で帰って来ない」
妙子 「久々、主婦の休日ってわけか」
佳代 「そうだよ。あんたにはわからないのよ、主婦の大変さ」
妙子 「まあ、わかりたくもないけどね」
佳代 「好きで主婦以外の人生を選んだのはあんただからね」
妙子 「それにしても、いつも思うけど、あんたの方がよっぽどスナックのママみたいな声だよね」
佳代 「ほっとけ。声のことは、あんたもいえないじゃない」
妙子 「なんか飲む?」
佳代 「烏龍茶頂戴」
妙子 「あんたが飲めないってホント不思議」
佳代 「そっちもほっとけ」

   そこに弥生入ってくる。

弥生 「おはようございまーす」
妙子 「あ、弥生ちゃん。おはようって、ちょっと遅い」
弥生 「すいませーん。あ、佳代さんいらっしゃい」
佳代 「よっ」
弥生 「あいかわらず不良主婦ですね」
佳代 「言うじゃない。でも、今日はダンナも息子も家にいないんだから、不良じゃないよ」
妙子 「これ」
弥生 「はーい」

   弥生、烏龍茶を佳代にもっていく。

弥生 「どーぞ」
佳代 「弥生ちゃん。男できた?」
弥生 「なんですか急に」
佳代 「なんか、男出来たかなあって思って」
弥生 「どうやったら出来るんですか。この店にいて」
妙子 「なによ、どんな店だって言うのよ」
弥生 「だって、それなりの男が全然来ないじゃないですか。この店」
妙子 「それなりの男?」
弥生 「なんつーか、もう人生に疲れたような男ばかりで、若くて生きのいいのなんか来ませんもん」
佳代 「そーゆーもんじゃないの? スナックなんて」
妙子 「なによ、弥生ちゃん。うちの店に文句あるの?」
弥生 「ありませーん」
妙子 「ならよし」
弥生 「でも、前々から思ってるんですけど、この店って不思議ですよね」
佳代 「なにが?」
弥生 「普通、スナックっていえば、店のママさんや女の子目当てに、男の客がたくさんくるところでしょう?」
佳代 「そうか」
妙子 「まあ、そうね」
弥生 「なのに、この店、圧倒的に女性客が多い」
佳代 「妙子がおっとこ前だからじゃない?」
妙子 「誉めてんのか? それ」
佳代 「あんた、女学校時代から女の子に人気あったもんね」
妙子 「女学校って… あんた歳いくつなんだよ」
弥生 「なに、ママってそんなに女子に人気あったんですか?」
佳代 「そうだよぉ」
妙子 「あんただって、初めてもらったラブレターは女子からだったじゃない」
佳代 「あたしはテニス部のエースだったから、まあそういうこともあるわな。妙子は吹奏楽部だよ。普通、女子にキャーキャーはいわれない」
弥生 「にしても、この店は女性客が多いのは確か」

   そこに、まさみ、みはる入ってくる。

まさみ「ちーす」
みはる「こんにちは」
弥生 「ほら、また女だ」
妙子 「おや、まさみちゃんとみはるちゃん。店は休憩?」
まさみ「うん。昼キャバと夜キャバの間」
みはる「あたしは今日はこれであがりです」
まさみ「ママ、お水ちょうだい」
みはる「あたしも」
妙子 「最近はキャバクラも大変だね。昼も夜も営業なんてさ」
まさみ「まあ、夜だけの子はまだいいんだけどね。あたしみたいに昼も夜も出てる場合は途中で息抜きしないと」
みはる「まさみ先輩、頑張りますもんねえ」
弥生 「そりゃ、まさみさんには守るものがあるから、頑張らないと」
みはる「昼キャバやって、夜キャバやって、子供も育てるなんて、あたしにはとても無理だなあ」
まさみ「っていうか、子供がいるから頑張れるんだよ」
妙子 「店は? 忙しかったの?」
まさみ「また、昼の客が昼のクセにしつこくてさあ」
妙子 「誰」
まさみ「酒屋の親父」
妙子 「重三郎か」
まさみ「店外しよう店外しようって」
弥生 「店外って、店が終わったあとでしょう?」
まさみ「そうよ。夜の営業終わるの、何時だと思ってるんだよ。店外したかったら夜に来いっつーの」
弥生 「つきあってあげないの?」
まさみ「誰がつきあうか。あんなハゲ。一回なんか『店終わったら、寿司ご馳走するよ』なんて言うから真に受けたら、回転寿司」
弥生 「うっそ」
まさみ「店外で回転寿司は初めてだったよ」
妙子 「和夫、いくつになったんだっけ?」
まさみ「五才。可愛いんだ。さっきも急いでお昼食べさせてきた。そんで保育所連れて行って」
みはる「今度会わせてくださいよ」
まさみ「まあいいけどさ。あ、そうそう、妙子ママ、いいものみせてあげる」
妙子 「ナニナニ?」

   まさみ、財布の中から紙切れを出して、それを妙子に見せる。

妙子 「なにこれ」
まさみ「和くんがさっきあたしにくれたの」
妙子 「なんか書いてあるね。『かたたたきけん、いっかいごふん』
みはる「かわいい字」
まさみ「汚い字ともいうけどね」
弥生 「五才でもう、ひらがなかけるんですか。すごいですね」
佳代 「肩たたき券かあ、あたしも確か健二にもらったことあるなあ」
まさみ「佳代さんも?」
佳代 「正確に言うと、あたしの場合は『お手伝い券』だったけどね」
弥生 「使ったりしたんですか?」
佳代 「1回使ったかなあ」
みはる「子供って大抵アレ書きますよね。なんとか券」
妙子 「結局さあ、子供なんて財力がないから、なんかプレゼントするとしたら、そういうもんしかないのよ」
佳代 「あんた、昔からドライなんだから」
妙子 「ドライなんて言うけどさあ、あんただって今でもその券もってるわけじゃないでしょう?」
佳代 「どっか行っちゃった」
妙子 「あたしがドライなら、あんたはクールじゃない」
まさみ「お二人の昔話はおいといてさあ、うれしいじゃない。五才で肩たたき券だよ。あたしのお守り」
みはる「親って単純ですね」
まさみ「あんた書いたことないの?」
みはる「書きましたよ。確か」
佳代 「なに券だった?」
みはる「なに券だったかなあ。たしか、お風呂掃除券だったか、窓拭き券だったか」
弥生 「子供って色々考えるんだなあ」
妙子 「あんたは、なんか書いた?」
弥生 「覚えてないなあ」
佳代 「絶対書いてるはず。子供は誰でも一回は書くんだもん」
みはる「あれ、何なんですかね。誰に教わったわけでもないのに」

   そこに進入ってくる。

進  「ちーっす」
妙子 「あ、進くん、ご苦労さん」
弥生 「やっと男が来たと思ったら、進君か」
進  「ちっす。裏に酒運んどいたんで、ヨロシク」
妙子 「あ、ありがと」
進  「これ伝票ッス」

   妙子、進から伝票を受け取ってサインをする。

佳代 「進くんさあ」
進  「なんスか?」
佳代 「あんたさあ、親に肩たたき券って書いたことある?」
進  「肩たたき券? なんすかそれ」
佳代 「その券一枚ごとに、5分間肩たたきしてあげる券。親にプレゼントしたりした?」
進  「いやあ、そんなのねーなあ。だってそんな券なくても、バリバリ肩たたきさせられましたもん。母親も父親も。『子供なんだから、子供がそのくらいするのは当たり前だ』とか言っちゃって」
佳代 「そうか。そういう親子のありかたもあるか」
進  「厳しかったもんなあ。肩たたかなかったら、逆にオレが頭ぶたれちゃう」
まさみ「進!」
進  「あ、まさみさん」

   肩たたき券見せびらかして、

まさみ「ほら。これが肩たたき券だよ」

   進、手にとって見て、

進  「へえ。わあ、汚ったない字」

   まさみ、進のあたま叩いて、

進  「イテ」
まさみ「返せ」
進  「それを子供に渡すと、肩をたたいてもらえるンスか?」
まさみ「そういうこと」
進  「あ、まさみさん、店でもそういうの売り出せば?」
まさみ「そーゆーのって?」
進  「チケット一枚で、太ももを五分間もんでいいとか。太もも券とか。売れると思うなあ」
まさみ「なるほどいいかも。って売るか」
進  「売れないかな」
まさみ「あんた買うかい?」
進  「いくらですか?」
まさみ「一枚千円」
進  「そりゃ高い。ま、オレはみはるちゃんの太もも券なら二千円でも買うけど」
みはる「売らないっつーの」
進  「まさみさん。店、中休みですか」
まさみ「あんたんとこの親父さんに言っときな。店外店外うるさいって」
進  「え? うちのおやっさん?」
まさみ「そう、重三郎」
進  「おやっさん、また昼キャバ行ったんですか?」
まさみ「さっきまでいたよ」
進  「まじッスか! この忙しいのに」
まさみ「酒屋のおかみさん、知らないんだろ?」
進  「知ってるはずないですよ。さっきだって探してたんですから」
妙子 「そりゃホントのこと知ったら大変だ」

   その時、進の携帯が鳴る。
   進、出て。

進  「はい、あ、おかみさんスか。進ッス。え、親父さんですか? キャバクラ行ってたみたいッス」
妙子 「おい!」
進  「あ、いけねっ」

   進、慌てて携帯を切る。

妙子 「馬鹿だね、言ってるそばから」
進  「おかみさんの声聞くと、どうしても正直になっちゃうんだよなあオレ。どうしよう」
佳代 「切ったって、またかかってくるんじゃないの?」

   再び、進の携帯電話が鳴る。

佳代 「ほら来た」

   進、携帯の画面を見ながら、なかなか出ない。

弥生 「出ないの?」
進  「こわいッス」
弥生 「自業自得じゃないの」
進  「まさみさん。出て」
まさみ「あたしが出てどうすんのよ」
進  「店での親父さんの様子をレポートするとか」
まさみ「冗談」
進  「ともかく、オレ配達があるから、行きます」

   鳴り続ける携帯電話を持ったまま出て行く進。

弥生 「女将さんにもどやされて、親父さんにもどやされるなアレは」
妙子 「行くも地獄、帰るも地獄ってヤツだよ」
佳代 「一番どやされるのは重三郎のおっさんだろうけどね」

   そこに入ってくる、さとこ。

妙子 「ああ、いらっしゃい」
さとこ「妙子さん。うちのいない?」
妙子 「たかちゃん? まだ来てないね」
弥生 「ほーら、また女の人が来た」
さとこ「佳代さん、うちの見なかった?」
佳代 「つーか、店じゃないの?」
さとこ「それがまたバイトに店任せたまんま、どっかに消えちゃったのよ」
弥生 「コンビニって、これから忙しいんじゃないの?」
さとこ「そうなのよ。なのに、あの人はホントに廊下トンビなんだから」
妙子 「ホントにいい加減なヤツだよね」
さとこ「うちのコンビニが大手じゃないから、あの人も呑気なもんなのよ」
佳代 「それでやっていけるってのが、ある意味羨ましいわ」
さとこ「バイトが泣いてるのよ。『僕ひとりじゃ回りません』って」
妙子 「さとこちゃんが手伝ったら?」
さとこ「それが、もうすぐ夕飯の支度をしなくちゃならないし。おやじにご飯作ってあげないと。ここんところ店のコンビニ弁当ばかりになってるから、たまには作ってやらないとね」
まさみ「そうそう。食事だけは作ってやった方がいいよ」
さとこ「そうなの?」
まさみ「うちは、両親がいい加減だったからコンビニ弁当多かったし」
弥生 「そうなんだ」
まさみ「両親の愛に飢えてるっていうかさ? それで今では立派なキャバ嬢」

   そこに、勝男が入ってくる。

(続く)

前の10件 | -

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。